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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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東山峠(16) ★★★ |
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東山峠(ひがしやまとうげ)の取扱説明書 我らがバイブルツーリングマップルに未記載の峠が数多存在する事に気付いて久しい。個々の理由は定かでないが、廃道のような危険な道については警察から載せてくれるなとの要請があったと聞くし、紙面上のキャパの問題もあろう。ただバスの停留所に峠名がそのまま採用されている場合、未掲載というのはどうにも腑に落ちない。それも県民なら知らない者はいないという知名度を誇る東山峠とあらば、意図的に排除したと捉えられても致し方ない。新幹線停車駅から僅か3kmの至近距離、且つ県内屈指の交通量を誇る主要路ときているから、県民感情としては全く以て看過出来ない。現場は市街地から山を越え市街地へ至る紛れもない峠道で、いかなる車両もそれなりのストレスを伴う峠然とした道程だ。県を代表する峠が市販の地図に未掲載というギャップを埋められるかどうかは定かでないが、普段意識せずに行き来するこの峠道に対する県民の見方が、報告書を一読する前と後でガラリ一変するであろう事だけは間違いない。 |
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◆四差路の片隅に鎮座する昔ながらの道標 我が国に於ける平成時代のほとんどがデフレで、恒常的に物の値段が上がるインフレを経験している世代の大方は後期高齢者となり、若い世代は横這いか値下げ合戦しか知らず、インフレはすっかり過去のものとなっていた。少し考えれば誰でも分かる話だが、未来永劫デフレが続くはずもない。 デフレからの脱却を目指し国策として推し進めたアベンミクスで、2%程度のマイルドなインフレを目標に設定しつつも未達に終わる。デフレからの脱却など夢物語という空気が蔓延していたのが懐かしい。企業は価格転嫁したくても客離れが怖くて出来ない。見えない圧力が日本全土を覆っていた。 |
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◆開削当時の面影を色濃く残す神社回りの低い石垣 パンデミック、米中関税戦争、長引く露ウ戦、人口爆発に温暖化による気候変動、どれを震源にしても資源枯渇による争奪戦は必至で、インフレになるかならないかの議論の余地は無く、問題はいつなるか及びどの程度かであって、意識高い系の人々は水面下で来たるXデーに備え着々と準備を進めていた。 インフレとデフレは交互にやってくる。一度どちらかに傾くと凡そ四半世紀と長期化し、国家が介入しても一朝一夕には解消出来ない。加えインフレのコントロールは至難の業で、賃金上昇よりも物価上昇が上回るスタグフレ―ションに喘ぐ現状、その先に待つハイパーインフレ、終着点の恐慌と懸念は尽きない。 |
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◆セットバックしておらずほぼ当時の幅員を保つ狭隘区 そこまで見通して動くか否かは個々人の判断に委ねられるが、先見性のある人物はいつの時代も一定数はいるし、その昔から備えあれば憂いなしとの格言もあるから、いつ何が起こるか分からない事態に備え準備を怠らないのは、どの時代であっても変わらない本質であろう事は間違いない。 長らく続いたデフレマインドにどっぷり浸かっていた人々は、令和(冷たい昭和)という激動の荒波に翻弄されるであろうし、来たるインフレに備え仕込んでいた者はそれなりに対処可能だ。昭和初期に於ける西大寺鉄道株式会社はまさに後者で、ドル箱路線で得た潤沢な資金をとある事業に集中投下する。 |
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◆沿道に連続する寺社毎に道標が据え置かれている その対象が宿敵たる東山峠越えのバス事業で、なんとライバルの買収に乗り出したのである。当時勢いのあった下津井電鉄とタッグを組みバス事業を起こすと、岡山⇔西大寺線のライセンスを取得。同区の既定路線となっていた小規模バス会社を後に吸収合併し、戦前には完全子会社化を実現する。 もうお分かりであろう。何てこたぁない西大寺鉄道のライバルは身内だったというお話。とんとん拍子で話が進んだのには訳がある。長引く日中戦争で疲弊する我が国に於いて、乱立する小規模事業の統合再編等の最適化は急務であり、戦時下に於いて軍が統括するのにも都合が良かった。 |
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◆かつての幹線道路も現在は完全なる裏路地状態 下津井電鉄も西大寺鉄道も一地方鉄道ではあるが大手であり、中小零細企業では全くと言っていいほど歯が立たない。しかも国策として小は大に巻かれろを奨励していたから、ある意味時代の波即ち潮流に乗ったとも言える。かくして戦前には親会社の鉄道事業と子会社のバス事業の二刀流が成立する。 社名も社長も異なり表向きは岡山⇔西大寺間に於ける客争奪戦で凌ぎを削るライバル同士に映るが、実際は支配下にあるバス事業を生かすも殺すも親分次第で、この勢力圏のどちらも押さえる西大寺鉄道のしたたかさには舌を巻くばかりだ。鉄道事業から撤退しバス事業に一本化してもドル箱は変わらない。 |
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◆見る者が見れば分かる西大寺側の新旧道交点 変わらないどころかバス便の利便性を飛躍的に高めた結果、相対的に本数が少ない赤穂線で客離れが加速し、乗客の少なさから鉄道は減便を余儀なくされ、本数が少なく使い勝手が悪いと悪評の赤穂線は過疎る悪循環に陥り、今や播州赤穂以西の廃止論まで取り沙汰される始末。 かつて断腸の思いで鉄道事業を畳んだ西大寺鉄道。そのさよなら列車を見送り全社員の前で「悔しいです!」と絶叫した社長は、本心からそう叫んだのか単なる顔芸だったのかと問われれば、今日の両備ホールディングスの成功をみる限り、単なる顔芸だったとしか言い様がない。 |
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◆西大寺側の新旧道交点の片隅に鎮座する道路元標 その時々の時流潮流に乗じた結果とはいえ、激動の時代に翻弄されているように見えて、実はしたたかに準備してきた結果の上に成り立つ必然との解釈も出来なくはない。鉄道からバスへの大胆な鞍替えは、変化を恐れる多くの民の指針となろう。 令和という激動の時代に生きる我々の羅針盤と成り得る東山峠のすったもんだはこれだけに留まらない。いつの時代も人々は変化に順応する。例えそれが短命に終わる宿命を背負っていると分かっていてもだ。 東山峠17へ進む 東山峠15へ戻る |