教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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東山峠(15)

★★★

東山峠(ひがしやまとうげ)の取扱説明書

我らがバイブルツーリングマップルに未記載の峠が数多存在する事に気付いて久しい。個々の理由は定かでないが、廃道のような危険な道については警察から載せてくれるなとの要請があったと聞くし、紙面上のキャパの問題もあろう。ただバスの停留所に峠名がそのまま採用されている場合、未掲載というのはどうにも腑に落ちない。それも県民なら知らない者はいないという知名度を誇る東山峠とあらば、意図的に排除したと捉えられても致し方ない。新幹線停車駅から僅か3kmの至近距離、且つ県内屈指の交通量を誇る主要路ときているから、県民感情としては全く以て看過出来ない。現場は市街地から山を越え市街地へ至る紛れもない峠道で、いかなる車両もそれなりのストレスを伴う峠然とした道程だ。県を代表する峠が市販の地図に未掲載というギャップを埋められるかどうかは定かでないが、普段意識せずに行き来するこの峠道に対する県民の見方が、報告書を一読する前と後でガラリ一変するであろう事だけは間違いない。

 

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◆旧道の両サイドには築浅と築古の住宅が入り混じる

正確を期せば同一起終点に於ける鉄道VSバス対決で、鉄道がバスに完敗した訳ではない。バスに加え国営鉄道という刺客が現れた事で、国鉄との無駄な消耗戦を避け潔く身を引いたに過ぎない。西大寺鉄道はほぼパーフェクトな黒字経営であったから、強気に打って出るマウントも取れなくはなかった。

地域住民に親しまれている地の利もあろうし、ダンピングまがいの値引き合戦も折込済み。何せ半世紀に及ぶ営業期間内で、ある年のたった一期/四半期のみ赤字という国内随一の恐るべき営業成績を誇るけいべんであるから、国有鉄道何するものぞ!という意気込みがあったのも当然である。

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◆旧道らしい雰囲気を醸し出す旧家と対峙する田園風景

確かな経営に裏打ちされた並々ならぬ自信は、黒字決算連続50年それも戦時中も含むという快挙から、全社員を通じて確信に変わっていたに違いない。バスVS鉄道の既存対立構造から、二正面作戦を強いられる厳しい局面ではあるが、盤石な経営基盤を以てすれば対抗出来なくはない。

ただ結果として西鉄上層部は官対民の全面衝突を避けるべく、断腸の思いで黒字倒産の英断を下す。当時の上層部のほぼ全てが戦争を経験している。彼等は先の大戦で学んだ、自身の置かれた立場を冷静に見極めねばならないのだと。例えそれが明るい見通しのないものであってもだ。

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◆後年拓かれた新興住宅地へ通じる生活道とぶつかる

第一世界大戦では女子供までが後方支援に廻る国家総力戦の様相を呈し、それが第二次大戦では必然となっていた。当然国力の差がモノを言う。当時の日本とアメリカでは国力の乖離が甚だしい。猪瀬直樹氏は自著昭和16年夏の敗戦で、日本の頭脳が日本必敗との結論を導き出していた事実を世に晒した。

当時誰よりも日米開戦を反対したのが山本五十六で、彼は二度に亘る渡米で圧倒的な国力の差を肌で感じていた。具体的には零戦一機造るのに対し米国ではマスタングを250機製造出来るといった具合で、彼は一般国民よりもリアルに日本民族の滅亡を含む破滅への道を予見可能な立場にあった。

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◆道路の左右で時代が明確に異なるギャップが堪らない

だからこそ強く開戦派を牽制し、最後の最後まで日米開戦を断念させる事を諦めなかった。開戦派が主張する石油資源のあるインドネシアを押さえれば長期戦に耐え得る、この主張にも米英が本気を出せばシーレーンを押さえられ、石油タンカーは悉く破壊され日本には一滴のガソリンも入って来ない。

日本のエリート集団も五十六も、ハルノートで追い詰める米国に対する感情論はさておき、自ら導き出した現実解を冷静に受け止めていた。世の中の空気や感情論で動くとどうなるかは言わずもがな。開戦派に押し切られた五十六は言った、半年一年は暴れてみせましょうと。

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◆神社のY字路を石垣伝いに進む左手の小径が本線

その裏にあるのは先制攻撃で有利な状況を作るから、早めに停戦交渉に持ち込むようにとの期待を込めた発言だが、あくまでも希望的観測に過ぎず、日本のほぼ全ての主要都市が焼け野原と完膚無きまでに打ちのめされ、日米開戦反対派が戦前に訴えていた通りのシナリオで、日本全土が焦土と化す。

神風は吹かない、あの時代を生きた者達は身に染みて分かっている。日本国政府が背後にある官制鉄道に、地方の一民有鉄道がガチンコ対決して勝てる訳がない。五十六よろしく内部留保を駆使して数年は太刀打ち出来るかも知れないが、早晩先細り経営になるのは目に見えている。

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◆昔ながらの雰囲気を保つ神社の雑木林と対峙する旧宅

だったら相手が撤退保障等有利な条件を提示しているうちに、綺麗さっぱり身を引くべきではないか。無謀な消耗戦に突入するのは避けたいという力学が働くのは、戦争経験者ならば当然の帰結。かくて日本の鉄道史上唯一無二の黒字倒産に踏み切った西大寺鉄道は、記録にも記憶にも残る金字塔を打ち立てた。

それ一点とっても十分オッパッピーな逸話だが、転んでもタダでは起きないのが関西圏の商人魂で、なんと戦線離脱を逆手に積年のライバルたるバス事業者を乗っ取り、鉄道事業からバス事業に鞍替えするレジリエンスで、今や赤穂線の存続を脅かす存在として不動の地位に就いた蒲シ備ホールディングス。

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◆連続して現れる神社のY字路を今度は右が本線

肉を切らせて骨を断つとはまさにこの事だ。国鉄が分割民営化され赤字ローカル線が切り捨てられる未来まで見通せたか否かは定かでないが、ウハウハホールディングスに改名したいくらい笑いが止まらないのは確かだ。

鉄道事業からは潔く手を引く。ただわてらには東山峠越えの秘策がある。国鉄赤穂線の起工は晴天の霹靂であったが、両備グループには長期に亘る仕込みがあった。仕事の八割は準備、彼等は戦前より入念な準備を怠らなかった。

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