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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>千升乢 |
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千升乢/千升峠(16) ★★ |
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千升乢(ちますだわ)の取扱説明書 どういった理由かは定かでないが、地図上から峠名が抹消されるケースがある。この峠も然り、いつの頃からか名無しの峠となっていて、原本たる地形図に記載が無いものだから、当然市販の地図にも反映されず、結果現場を往来する現代人は峠名を知らぬまま行政界を越して行く。実際に行き来する者の肌感覚では、勾配のきつい坂が待つ紛れもない峠道なのだが、紙上から本来の呼称を消し去られて久しい峠を意識する者は皆無に等しい。有耶無耶にされつつある現状とは裏腹に、沿線にはこれ見よがしに旧道の痕跡が見て取れ、スルーするのが罪深き如し存在感を醸し出している。この峠道に埋もれし史実に光を当て、本来得られるべき正当な評価を下すのが、我々に課された使命と考える。行き交う者の誰もが旧道の存在に気付きつつも、情弱により無関心を装わざるを得ない現況に終止符を打つ。 |
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◆現道より十m底の湖面沿いを横這いに進む旧道筋 単車を置いたのは一世代前の路で、豊水期にはダム底に沈む落差10m前後の湖底に位置する。今年は岡山三大河川の一つ高梁川で取水制限が成される大干ばつで、その好機に乗じて普段は立ち入る事の叶わないダム底に身を潜める。勿論御約束のアポ無し許可無し待ったなしの不法侵入である。 流石ロックフィルを謳っているだけあって、背面もしっかりと巨石で覆っている。見えない部分はコンクリ打ちっぱなの手抜き工事かと思いきや、渇水期にはバレバレになってしまう堤体裏側も手を抜かない職人気質にアッパレと言う他ない。石垣は旧道に喰い込む形で納まり、山道跡は土止めの役割を果たしている。 |
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◆石垣が路盤に喰い込み道路跡が土止めの役割を担う 旧道筋が破壊を免れたのはダム工事用の意図もそうだが、安定した地盤がその後の土止めとして役立つ意味合いも強かったものと察せられる。でなければ旧道筋をぶち壊して湖底より石垣を立ち上げる方が挙動は遥かに安定するはずだが、実際にそうはならず古道筋はほぼ原形を保ったまま今に至る。 一部にペンペン草が生えていて、一見すると未舗装のように見えなくもないが、ダム正面へと導きかれし旧道筋がそうであったように、所々にアスファルトらしき黒い物体が垣間見え、足元が舗装済であった様子が窺える。事実路面の一部には鮮明なアスファルトが認められ、旧道筋はそれを隠そうともしない。 |
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◆新旧道を繋ぐコンクリ敷きの通路が唯一無二の連絡路 新旧道を連絡する後付けの管理道は、勾配がきつい箇所のみコンクリ打設され、それ以外は砂利敷きの様相を呈している。びっしりと根付いた雑草は綺麗さっぱり刈り払われ、粗方の障害物が取り除かれている事から、ダム関連施設の一環としてしっかりと管理されているのが分かる。 ダムより先は本格的な山岳領域に入るので、黒谷ダムの堤体前後で未舗装に切り替わるのかと思いきや、旧道筋の晩年は全区間が舗装されていたとの証言通り、普段はダム底に眠る明治生まれの古車道は、幅員が狭き状態で完全舗装されていた最晩期の容姿を今に伝える。 |
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◆御花見会場を彷彿とさせる広大な広場と桜並木 現道に通じる連絡路との接点には数多の桜が植えられ、四輪が十数台駐車可能な大規模なスペースは、宛ら旧黒谷橋の凱旋桜に負けず劣らずの御花見会場と化している。もしかしたらこの場所に地域住民が一堂に会し、往時を偲ぶ会等の催しが開かれているのかも知れない。 旧道広場の頭上には現代のダムパーキングが控えており、上下の駐車場合わせてかなりの数の四輪が集える。黒谷ダム工事誌に今昔の記録があるが、昭和の晩年の工事では重機に破壊される段々畑が映っており、この界隈で生活の一部或いは全部を注力し、生計を立てていたであろう様子が見受けられる。 |
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◆桜並木を掻い潜り緩やかな勾配で上り詰める1.5車線 かつてこの付近に点在していた人々が転居を余儀なくされたのは、元号が大正から昭和に変わった頃で、大方は昭和6年の初代黒谷ダム着工以前にこの地を追われたはずで、古来黒谷池前後に連綿と続いていたはずの集落は、半強制的に溜池の前後で二分されてしまう。 補償金を手に下流域、或いは市内や他県へと転居する者もいたであろう。土地を追われた者がかつての居住地に想いを馳せるのは自然で、方々に散った元住人が自前のモーターボートで再訪するホハレ峠の徳山村門入の例を出すまでもなく、想い出の地への郷愁に誘われる者は少なくない。 |
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◆1.5〜2車線弱のインチキ二車線で凌いでいた旧道筋 凱旋桜に日時計広場、旧道パーキングに現道パーキングと十分な収容力を備えた黒谷ダムは、いつでも故郷に還って来られる設備が整い、ダム建設で追われた者達を温かく迎え入れる気概が感じられる。イベント広場を過ぎて尚旧道は続くも、100m進むか進まないかの短距離で、路は唐突に途切れてしまう。 良くも悪くもいい塩梅で苔生した宮崎作品に登場しそうな寂れた舗装路は、遥か頭上を伝う現道に吸収される形で行方を眩ます。上から横から斜めから可能な限り検証したが、路跡が藪に埋もれている訳ではなく、スパッと寸断され斜面だけが続く跡形も無い状態に、残念ながら単車だと戻る以外に成す術がない。 |
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◆激藪&斜面で唐突に終焉を迎える一世代前の舗装路 湖底伝いを前後する旧道筋の通行可能な短い区間でも、じわりじわりと勾配を上げてきているので、視界前方もそれに準じた勾配で上り詰めていたであろう姿が想像出来るが、斜面・激藪・擁壁と完全に行く手は阻まれている。 仕方なく連絡路で現道に復帰し、歩を進める。その先に待つダム上流部の第一人家で、旧道の現役時代を知るおばちゃんの証言により、緩勾配で現道にぶつかる僕の見立てがほぼほぼ正解であると同時に、この道の正体も掴む事になる。 千升乢17へ進む 千升乢15へ戻る |