教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

トップ>旧道>岡山>千升乢

千升乢/千升峠(14)

★★

千升乢(ちますだわ)の取扱説明書

どういった理由かは定かでないが、地図上から峠名が抹消されるケースがある。この峠も然り、いつの頃からか名無しの峠となっていて、原本たる地形図に記載が無いものだから、当然市販の地図にも反映されず、結果現場を往来する現代人は峠名を知らぬまま行政界を越して行く。実際に行き来する者の肌感覚では、勾配のきつい坂が待つ紛れもない峠道なのだが、紙上から本来の呼称を消し去られて久しい峠を意識する者は皆無に等しい。有耶無耶にされつつある現状とは裏腹に、沿線にはこれ見よがしに旧道の痕跡が見て取れ、スルーするのが罪深き如し存在感を醸し出している。この峠道に埋もれし史実に光を当て、本来得られるべき正当な評価を下すのが、我々に課された使命と考える。行き交う者の誰もが旧道の存在に気付きつつも、情弱により無関心を装わざるを得ない現況に終止符を打つ。

 

DSC01064.jpg

◆進行方向右手斜面の藪奥に鎮座する江戸期の石造物

日頃からこの草道を管理しておられる担当の方々には、心より感謝申し上げたい。本来であればロックフィルダムの堤下と、常用洪水吐き&関連施設を最短で行き来出来る道を、常時通行可能な状態をキープしていれば事は済むはず。従って通路部分のみを刈り払えば、彼等の目的は達成されている。

しかしながら彼等はやってくれた。進行方向右手斜面の一部をも刈り払い、鎮座する石造物を露出させ、この道のなんたるやを世間一般に知らしめてくれている。ったく余計な仕事しやがってという上司の愚痴が聞こえてきそうだが、車道を愛して止まない者達を代表し僕は声を大にして言いたい。

DSC01069.jpg

◆激藪の壁が膨張気味に迫り四輪だとちと厳しい狭隘山道

グッジョブ!

本来であれば道端の遺構は猛烈な藪の奥深くに埋もれており、一見さんに過ぎない僕の視界に映る可能性は、限りなくゼロに近かったであろう。そうなるとこの草道は単なるダム関連施設を連絡する作業路と認識し、現実とは異なる解を導き出しアウトプットしていたかと思うとゾッとする。

DSC01068.jpg

◆ロックフィルダムの堤体直下目掛けて突き進む狭隘路

ちょっと待てよ、もすかしたらダム関係者の仕業ではなく、地元愛に満ちた何者かが草道の存在を後世に伝えんと地味に刈り払っているとか、斜面の地主が悲壮感からしぶしぶ藪を除去、或いは石造物が文化財等に指定され、永続的に保存管理されている可能性も否定出来ない。

いずれの所業にしても目的はただ一つ、物を露出させ世に存在を知らしめる点に尽きる。その目的無しにあの刈り払い方は有り得ない。遥か頭上から覆い被さる高密度の藪をオーバーハング気味に払い除け、雨風を凌げる洞穴状に仕立て上げている点は、職人技を超越し最早芸術の域に達している。

DSC01072.jpg

◆江戸道にして明治黎明期の車道の原形が残る希少区

激藪の片洞門に鎮座する石造物をこれ見よがしに露出させし者の真の意図は計り知れぬが、この道の秘めたるポテンシャルを一段階引き上げてアナウンス出来る意義は大きい。見てくれ、この谷底を遡上する完全一車線の未舗装路を。恐らくこの景観は150年前と何等変わらない。その根拠は路の拙さにある。

幅員が2mに満たない草道は、一見すると山間部で目にする狭隘車道の様に映る。事実路面には四輪の轍跡が認められ、自動車が行き来している様子が窺える。沿道にはU字溝が配され、水切りにはグレーチングが置かれており、一般的な軽トラ御用達の農道や作業路のように見えなくもない。

DSC01070.jpg

◆ダム公園に到達しても尚自身の存在を主張する山道

しかしその路肩は草塗れで極めて不明瞭、ちょっとした油断が即脱輪に繋がる致命傷を抱えている。実幅が2mで有効幅はそれ以下となると、最新の軽自動車規格の寸法1.48mで許容出来るかと思いきや、ちょっとしたカーブでも有効幅は削がれるので、当山道を熟知したプロのドライバーでも手に負えない。

昭和50年改定の全幅1.4mでも心許無く、のらりくらり川底を伝う山道の往来を考えると、実用に耐えるのは同27年改定の全幅1.3mまで遡らねばなるまい。1.3m、それ即ち激狭道の申し子たるミゼットと同義で、車種を問うという点で極めてイレギュラーな路である事が理解出来る。

DSC01074.jpg

◆ダム直下の公園整備でも破壊を免れた初代の車道

異様に狭い幅員もそうだが、それ以上に指摘しておきたい点がある。それが橋梁の前後でクランク状に折れ曲がる厳しい線形だ。土台付近に潤沢な余白があり、大きく振れる余裕があれば納得もいくが、この道が現役であった時代背景を踏まえると、そのような余裕ある仕様になっていたとは到底考え難い。

更に加えると橋梁も今こそコンクリ仕様になっているが、石造物が行き交う者の目に日常的に触れていた頃は木造橋が主流で、現状とは比にならないほどみすぼらしい躯体であった事は想像に難くない。また一部路面に砕石が認められるが、大方は土道で原始的と言わざるを得ない。

DSC01073.jpg

◆旧道と同じく巨石の壁に阻まれ唐突に消失する旧旧道

現代のコンパクトカーを以てしても、まともに曲がれない、ちゃんと前に進めない、怖くて橋渡れないなど非現実的、なのに車道の体裁を取繕っている。この複雑怪奇な路を額面通り受け取れば、導き出せる答えはこれしかない。人力車が主役の路、そう

力車道だ!

千升乢15へ進む

千升乢13へ戻る

トップ>千升乢に関するエピソードやご意見ご感想などありましたら一言どうぞ>元号一覧