教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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千升乢/千升峠(6)

★★

千升乢(ちますだわ)の取扱説明書

どういった理由かは定かでないが、地図上から峠名が抹消されるケースがある。この峠も然り、いつの頃からか名無しの峠となっていて、原本たる地形図に記載が無いものだから、当然市販の地図にも反映されず、結果現場を往来する現代人は峠名を知らぬまま行政界を越して行く。実際に行き来する者の肌感覚では、勾配のきつい坂が待つ紛れもない峠道なのだが、紙上から本来の呼称を消し去られて久しい峠を意識する者は皆無に等しい。有耶無耶にされつつある現状とは裏腹に、沿線にはこれ見よがしに旧道の痕跡が見て取れ、スルーするのが罪深き如し存在感を醸し出している。この峠道に埋もれし史実に光を当て、本来得られるべき正当な評価を下すのが、我々に課された使命と考える。行き交う者の誰もが旧道の存在に気付きつつも、情弱により無関心を装わざるを得ない現況に終止符を打つ。

 

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◆ゴミステーションが置かれる古民家で人家は途絶える

5m前後の高低差で付かず離れず併走していた新旧道は、目の前に立ちはだかる山塊の直前で、互いに申し合わせたかのように急接近し、共闘する形で難題に挑まんと勾配を上げにかかる。旧道筋は何気ない十字を起点とし、交点の角には平屋と二階建ての二軒の家屋が向かい合っている。

二階建ての古民家の正面にはゴミステーションが設けられ、ゴミ収集車が日常的に巡回しているのであろうが、周囲を見渡してもパっと見二軒+αしか人家が見当たらず、集積所が満杯になる事態は大凡想像出来ない。というのも当ゴミステーションを境にパタリと人家は途絶えるからだ。

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◆古民家より先は橋梁にて深淵を一跨ぎする新旧道

進行方向に目を転じると遥か先の山裾付近に、一軒の屋根が確認出来るのみで、新旧道全体に範囲を拡げても家屋は捉えられない。というのも御覧の通り正面には致命的な深淵が待ち構え、住宅云々とは程遠い環境にあるからだ。古来人々はその難局を乗り越えんと奮闘した。

その痕跡が親子二代に亘り継承し、且つ今尚存続し続ける遺構から読み取れる。旧道と新道を繋ぐ連絡路は十字の交点の他に、新橋の土台付近へと滑り降りる二経路が認められる。新道建設の真最中は二経路をフル稼働し、ダンプが行き来したであろう様相が容易に目に浮かぶ。

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◆盛土によって嵩上げされた土台より対岸を結ぶ短橋梁

銘板に新黒谷橋と掲げられた現行の橋の手前には、かつて詰所等が置かれていたであろう広場がある。現在も転回場所として利用されており、四輪を一時停車するのに丁度良いスポットになっている。そこから頭上を見上げるとやや草臥れた橋がドーンと構えているのが分かる。それが旧黒谷橋だ。

旧道筋を何気なく素通りしていると、気付かずにあっさり通り過ぎてしまうくらいの短い橋だが、現道からまじまじと眺めるとそれなりの意匠もあって、地味に存在感がある。昭和中期の大量生産型とは一線を画す容姿は、コンクリ製というマイナスポイントを差し引いてもお釣りが来る良さ気の橋だ。

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◆桁一つで渡す鉄筋コンクリート造りで外観に趣がある

延長が僅か10m程度の短橋梁、その桁は一つの一本足打法で、現在なら橋脚無しで楽々と渡してしまうのであろう。当時の拙い土木技術や資材調達の難易度等が垣間見え、沿道の道路遺構の少なさも相俟って、この旧橋に対する興味深さは必要以上に惹かれるものがある。

親柱には昭和六年八月竣成と刷られているから、既に一世紀近くを風雨に晒され耐えている計算だ。しかも現役バリバリ且つ余裕シャキシャキで、道中見落としが無ければ重量制限はかけられておらず、10トン車でもドーンと来いや!という強靭さは、永久橋と謳われた当時の文句に嘘偽りは無い事実を裏付ける。

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◆幅員4mで軽自動車同士の擦れ違いを許す旧黒谷橋

かの軍艦島の高層アパート群が、大正5年製で鉄筋コンクリート造りであるというから、時期的に旧黒谷橋がRCである可能性は大で、余程の事情が無い限り恒久的に供用出来るのではないかと期待せずにはいられない。しかしその願いを打ち砕く厳しい現実が待ち構えている。

京大の鎌田名誉教授が高知は室津港の地殻変動の痕跡から、2035年(+−5年)に南海トラフ地震の発生を唱えているからだ。あと12年、早ければ8年後に耐震性を試される運命にある。内閣府は30年以内の発生確率を80%と試算している。それを90%に引き上げたのが昨年の事である。

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◆旧黒谷橋よりこれより新旧道が挑む黒谷ダムを望む

最早来る来ないの話ではなく、いつ来るか、もっと言ってしまえば今この瞬間巨大地震が発生しても何等不思議ではなく、オダ調べでは最長で2095年までの猶予があるにはあるが、その頃の発生確率は99.99%と不可避な状況下にある。尤もそこまで引っ張ってくれれば、我々現代人の多くは未経験のまま逝く。

従ってうまい事いけば南海トラフからの逃げ切りも叶姉妹で、散々騒いだ挙句結局何も無かったじゃんと呑気に逝ける逃切世代とも言い換えられるが、近未来は危惧される第三次世界大戦・台湾有事・首都直下型地震と天災人災の波乱含みで、聞き取りの際に古老軍団が発した言葉が現実味を帯びている。

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◆タイヤ痕から橋上での擦れ違いが確認出来る旧黒谷橋

昨年末タモリ氏が国民的某長寿番組にて「新しい戦前」と発言し物議を醸したのは記憶に新しい。台湾有事は日本有事を遺言とした安倍氏の意志を引き継ぐどころか加速させ、異次元の防衛費増額えーんど敵基地攻撃能力保有へ猛進する現総理。

この勢いを以てすれば核武装に徴兵制まで言い出しかねず、戦前を知る世代が現況を憂うのも頷ける。ここ旧黒谷橋も戦前に産声を上げており、出兵した兵隊さんの軍靴の音を記憶している。令和版いつか来た道を危惧するのは僕だけではあるまい。

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