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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>千升乢 |
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千升乢/千升峠(5) ★★ |
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千升乢(ちますだわ)の取扱説明書 どういった理由かは定かでないが、地図上から峠名が抹消されるケースがある。この峠も然り、いつの頃からか名無しの峠となっていて、原本たる地形図に記載が無いものだから、当然市販の地図にも反映されず、結果現場を往来する現代人は峠名を知らぬまま行政界を越して行く。実際に行き来する者の肌感覚では、勾配のきつい坂が待つ紛れもない峠道なのだが、紙上から本来の呼称を消し去られて久しい峠を意識する者は皆無に等しい。有耶無耶にされつつある現状とは裏腹に、沿線にはこれ見よがしに旧道の痕跡が見て取れ、スルーするのが罪深き如し存在感を醸し出している。この峠道に埋もれし史実に光を当て、本来得られるべき正当な評価を下すのが、我々に課された使命と考える。行き交う者の誰もが旧道の存在に気付きつつも、情弱により無関心を装わざるを得ない現況に終止符を打つ。 |
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◆沿道には四国八十八箇所に倣った八十八の札所が点在 沿道には道祖神の様な史蹟が数多点在している。古い物は街道時代に遡り、江戸年間の時代が刻印されている。中には番号が付されているものもあり、四国に倣ったであろう八十八箇所が祀られているとおばちゃん達は語る。その他にも地神やら水神やら拾い上げたらきりがない。 道路際に多種多彩な史蹟が溢れている事から、この道が街道筋を踏襲したものとみてほぼ間違いない。江戸年間は車両による峠越えは叶わなかったが、宿場内だけは潤沢な幅員が確保され、大八車や荷車による積荷の移動は許されていた。従って道幅に関しては当集落内も明治以前と然程違わないであろう。 |
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◆インチキ二車線ではあるが旧道筋で最大級の幅広区 但し完全に刷新されていると思われる区間もある。それが郵便局の先に待つ幅広区で、御覧の通りほぼ完璧な二車線規格を有している。正確を期せばコーナー部での内輪差で大型車同士の擦れ違いが出来ないインチキ二車線ではあるのだが、普通車同士であれば相互通行は達成している。 歩行者の存在は全く考慮されていないが、当集落内に於いて対向車を意識せずに済む区間が少なからず存在する意義は、ドライバーの負担軽減の観点から大きいとみるべきであろう。ただ有意義な時間はそれほど長くは続かない。残念ながらあっという間に元の規格へと縮小してしまう。 |
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◆旧道感を演出するノスタルジックな木製の電柱 確かに道幅は一回り狭くなる。一般的に言う1.5車線路だ。しかし目測で4m幅は維持しており、頑張ればプリウスクラス同士でも擦れ違えなくない幅員だ。大型車が来ればひとたまりもないが、軽同士なら相互通行を満たすレベルにあり、先に見た最狭区を思えば、見通しの良さも手伝って余裕シャキシャキだ。 御上の政策として全ての車道を4m幅に統一せんと、セットバックなる法規制により新築時の土地の後退を義務化しているが、リフォームやリノベで延命する沿道住民も多く、道路の拡張は遅々として進まない。そのような現実がある中で、既に4m幅を達成している点は褒められていい。 |
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◆1.5車線路を挟み石碑と向かい合う桜並木 郵便局を過ぎた辺りで家屋の密度は大幅に低下し、程良い間隔で家々が点在する集落の外れに至る。併走する完全なる二車線の現国道には叶わないが、一昔前の規格として悪くはない道幅の旧道筋。その傍らに意図的に植えられたであろう桜並木が視界に飛び込んでくる。 シーズンオフでも一際異彩を放つ個人宅の桜並木は圧巻で、春には片洞門よろしく路上に覆い被さる様相が目に浮かぶ。通りすがりの者にとってその植栽は単に“映える”程度の理由しか思い浮かばないが、その裏に隠された真の意図を汲み上げるには、もう少し歩を進めねばならない。 |
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◆急接近する現国道筋と5m前後の高低差を保つ旧道 短い桜並木を過ぎると視界は一気に開け、山間部にしては希少な直線路となる。距離にして500mは下らない直線は、視界前方の山裾へ向けてほぼ高低差無しで続いている。ほぼ横這いに進行するという事は、その後に待ち受ける勾配のきつさを示唆し、簡単な道程ではない事が容易に想像される。 ここまで一定の距離を保っていた現国道筋が急激に接近すると同時に、上昇気流に乗るかの如し急激に駆け上がる線形は、来たる障害物に対峙する姿勢がありありと滲み出ている。対する旧道は呑気に構えている感があり、これより山中へ突っ込んで行くに当り、緊迫感というものはほとんど伝わってこない。 |
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◆この十字の交点を機に新旧道共に上り勾配に転じる 冷静に判断すれば旧道はかなり手前から谷底を脱し、現道とは5m前後の高低差を維持しながら横這いに進んでいる。新旧道は二階建ての家一軒分の落差を維持しており、旧道はかなり早い段階で峠に対処しているとも言い換えられる。高が5m、されど5mである。その優位性は揺るがない。 一定の高低差を保つ新旧道の関係が崩れるのは、四隅の一角に平屋が構える信号機の無い十字の交点である。これを機に新旧道は共に上り勾配に転じるが、その斜度には明確な差が生じている。現国道筋はビー玉を転がすまでもないほどあからさまに上り坂へと舵を切る。 |
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◆視界前方に待つ公園を彷彿とさせる規模の桜並木 一方旧道は僅かながら昇りに転じているに留まる。しかしその勾配は坂にして坂に非ずという微妙な匙加減で、その後に待つ棘の道程を思えば、現国道筋が成立する以前は、行き交う人々に無駄に精神的負担を強いていたと言えなくもない。 視界前方には再び桜並木が現れ、今度は道の両側に配置されている。それは個人の成せる業の範疇を超えているように思えてならない。それにしても沿道に配置された植栽の規模が半端無い。まるで公園ではないか。何なんだ、この桜並木は? 千升乢6へ進む 千升乢4へ戻る |