教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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千升乢/千升峠(2)

★★

千升乢(ちますだわ)の取扱説明書

どういった理由かは定かでないが、地図上から峠名が抹消されるケースがある。この峠も然り、いつの頃からか名無しの峠となっていて、原本たる地形図に記載が無いものだから、当然市販の地図にも反映されず、結果現場を往来する現代人は峠名を知らぬまま行政界を越して行く。実際に行き来する者の肌感覚では、勾配のきつい坂が待つ紛れもない峠道なのだが、紙上から本来の呼称を消し去られて久しい峠を意識する者は皆無に等しい。有耶無耶にされつつある現状とは裏腹に、沿線にはこれ見よがしに旧道の痕跡が見て取れ、スルーするのが罪深き如し存在感を醸し出している。この峠道に埋もれし史実に光を当て、本来得られるべき正当な評価を下すのが、我々に課された使命と考える。行き交う者の誰もが旧道の存在に気付きつつも、情弱により無関心を装わざるを得ない現況に終止符を打つ。

 

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◆歩道に転用された側壁伝いの1.5車線の旧道筋

“なんもない”峠道の起点を県道76号総社三和線との交点に設定したのには訳がある。本来であれば1kmと離れていない先にに待つ広域農道通称吉備街道を起点とするのが筋である。そちらは峠下に当る直近の幹線路であり、県道まで取材範囲を拡大する事は、悪戯にレポートを間延びさせる事になる。

ただ旧道を正確になぞるという点に於いて、県道76号線を外す事は出来ないという現実がある。R429と県道との交点には右折ラインが設けられ、更に歩道まで備わる。実質四車線幅の贅沢な仕様であるが、本線が右折ラインを吸収し全幅が縮まるのかと思いきや、実態はその真逆の様相を呈す。

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◆分かり易い新旧道の交点より直進する1.5車線路

歩道側があれよあれよという間に私腹を肥やし、大型車一台が駐車可能な程のスペースに拡がるじゃあ〜りませんか!更に歩道は独自路線を画策せんと左に舵を切り、右に弧を描く本線から離脱すべく分離独立を図るのであります。これにはEUからの離脱を果たしたエゲレスも真っ青の展開であります。

なにゆえにこのような暴挙に出るのかと思いきや、冷静に観ると古来供用されていた道筋が側壁に沿っていたのに対し、後年新道が右に大きく舵を切った事が分かる。即ち県道との交点より本筋から離反しようとする歩道そのものが旧道筋であり、異質な形状の歩道などと言われる筋合いは無い。

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◆旧道に進入して間もなく現れる待避所と速度制限表示

新旧道の交点そのものは誰の目にも明らかであるが、旧道筋は県道76号線との交点より既に始まっていたというお話。この先に待つ広域農道を起点に解説出来なくもないが、ナチュラルに新旧道が分かれる分岐点を含み、また短い道中に無視出来ない見所が散見される事から、県道との起点は揺るがない。

旧道筋に入ってまず出迎えてくれたのは、路面に30と刷られた速度制限である。現道の50キロ制限を思えば隔世の感があるが、当時はそれくらいのんびりとした時代であったのだろう。丁度そこは待避所も兼ねていて、大型車同士の擦れ違える余白が設けられている。

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◆ノスタルジックな木製の電柱並びに古風な石碑

旧道筋の幅員は全体的に広々とした印象で、大型車も余裕しゃきしゃきで行き来出来る広さだが、この道一本で全てを引き受けていたとなると話は別だ。軽自動車同士なら擦れ違いも可能であろうが、対向車のどちらかが普通車クラスとなると、ある程度減速しての慎重な離合を強いられる公算が大だ。

ましてや車列に大型車が一台でも紛れ込んでいたとなると、即修羅場となったであろう事態は想像に難くない。道中には石碑や木製の電柱などが散見され、旧道に進入して間もないが話題に事欠かない。砂利敷き時代の古き良き姿が容易に目に浮かぶが、それ等を超越するシーンがこの先に待ち構えていた。

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◆街道筋を彷彿とさせる歴史観ある佇まいと狭隘路

ドーン!

何なんでしょう、この倉敷美観地区を彷彿とさせる壮観な佇まいは?家屋から聳え立つ一本の松が異様なほどの画力で、時代を大きく遡り街道臭を放っている。ここが単なる旧道筋でない事は、どんな鈍感力をもっても気付くはず。

江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚に陥る風景も然る事ながら、我々が驚くべき事は道幅の異様な狭さだ。これが旧旧道なら話は別だが、現道から分離した路は完全なる一本道で、これが一時代前の路である事は、線形から疑う余地がない。

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◆離合不能な見通しの利かない最狭区がしばらく続く

四輪であればミゼット同士でしか擦れ違えない幅で、軽自動車同士だと離合は物理的に不可能だ。普通車クラスと自転車でさえ恐る恐るといった状況で、大型車は歩行者との擦れ違いもままならない究極の狭隘路がここにある。それが十数軒に及ぶ結構な距離で続くから驚きだ。

恐るべき事に狭隘区は緩やかな右カーブを描いており、御世辞にも見通しが良いとは言えない。ぶっちゃけ対向車は見えないと言っても過言ではない。残念ながら離合箇所は皆無に等しい。どの家もオープン外溝を嫌っており、余所者を土足で入れる訳にはいかんとする強い意志が感じられる。

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◆最狭区を脱すると幅員は一気に二車線幅へと拡がる

向かいの家同士が互いに一歩も引かないという状況で、大型車だと軒先の一部を掠めるとか塀の瓦を破損するのではないかといった危うさを孕んでいる。

そんなの日常茶飯事だったわ

案の定そのようなすったもんだは、日常的に起こるべくして起こっていた。近所のおばちゃん達は言う。この道が本線だった頃は、毎日が戦場のようなものであったと。

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