教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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円城の辻(20)

★★★

円城の辻(えんじょうのつじ)の取扱説明書

いつの頃からか、ライダーの聖地と謳われて久しい道の駅円城。週末ともなれば県の内外を問わず単車が集い、四輪での進入が場違いと思わせるほど凌駕する。山陽方面からも山陰側からも上り勾配のピークに位置する現場は、感覚的にも距離的にも一服するには丁度良い。多くのライダー&ドライバーが日頃何気なく行き来している道でもあるが、99.9%の者が円城へ至る道筋の正体を知らぬまま、この世の春を謳歌している。何を隠そう僕もその一人だ。正確を期せば、僕もその一人“だった”。沿道一帯には旧道のそれと分かる無数の残骸が散見されるが、それらを丁寧になぞる過程で、僕の想像を遥かに超える驚くべき現実を目の当たりにする。これまで培ってきた道路感が音を立てて崩れる、それくらいのインパクトは必至の炎上、いや円城の辻の真髄を御覧頂こう。

 

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◆新旧道が交わる昭和61年10月年竣工の新石橋

石橋より先は昔と(ルートが)ほとんど変わらない

石橋?!この先に石橋があるのか?頭上を跨ぐ広域農道の高架橋の直下で、新旧道は交わる。旧道上に橋らしきものは見当たらない。その代わり現国道は橋梁にて右岸へと取り着く。その銘板をみると、新石橋と刷られている。

なるほど、古老の言う石橋とは石組みの橋梁ではなく、単純に橋の名が石橋という事なのだろうか。新橋があるという事は、旧橋があって然るべきと考えるが、辺りを見回してもそれらしき遺構は見当たらない。

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◆円城北〜小森温泉間は急カーブ及び急坂の難路が続く

石橋に於ける新旧道交点の容姿は実に明快だ。何故今の今まで気にも留めなかったのか不思議に思うほど理路整然としている。現道にぶつかった旧道は向かい側で大きく膨らみ、四輪数台が駐車可能なスペースを有している。無論旧道の残骸である。その膨らみを利用し、成果店が細々と商いをしている。

その店舗を最後に沿道の建物はプツリと途絶える。人の気配は完全に消え失せ、うら寂しい事この上ない。それに加え右へ左へと忙しく振られる急カーブは、令和の時代に於いてもドライバーの手を焼かせる難コースで、不慣れな車が金魚の糞の如し車列の一団を引き連れて行き来する姿は、御馴染の光景だ。

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◆焼谷川を跨ぐ昭和38年3月竣工湯所橋

改良に改良を重ねた加茂側は、一般国民がイメージする国道に近付きつつも、ギリギリアウトといったコース形態であるが、線形がほぼほぼ昔のままという真庭側は、ジェットコースターという形容がピッタリの難路だ。普段車で酔わない方々も気分が悪くなる程に、右へ左へと大きく揺さぶられる。

もういい加減にしてくれないか、と切れそうになったところで現れるのが小森温泉地区で、温泉街に通じる狭い通路が右手に派生する。直進の現道には短い橋梁が架かり、焼谷川を跨ぐ橋の銘板には湯所橋と刷られている。見れば昭和中期全開の構造で、竣工は昭和38年3月とある。

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◆旧道沿いに設けられた駐車場兼離合箇所

昔はここをバスが通っておった

温泉街を貫く旧道沿いで側溝の掃除をしていた初老が教えてくれた。勿論その当時は砂利敷きの狭隘路で、道幅は現存する旧道そのものであるという。興味深いエピソードは、真庭方面へ行く機会はほとんど無かったという点だ。

高校へ通うのも、仕事へ行くのも、買い出しに出るのも、バスを必要とした時代を知る人物の証言には重みがある。小森温泉は峠道の着地点に等しく、ここまで来ればあとはほぼほぼ高低差の無い横這いの道程を進むのみ。

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◆ひっそりと静まり返った小森温泉街のメインストリート

落合へ出て久世・勝山へ向かうのが吉と僕なんかは思うが、それは現状しか知らない且つ部外者の浅はかな考えに過ぎない。小森の初老は断言する、繋がり的には金川・岡山側が強しと。その証言を後押しするのが、真庭方面行きのバスの終点が、「旦土」であったという点だ。

旦土が終点?そげなとこなんもないよ、何故バスは美作落合駅まで行かない、ほんまかいな?疑念を抱いた僕は小森地区以外でも聞き取りを行ったが、皆同じ答えが返ってきた。加茂⇔円城⇔小森⇔江与味⇔旦土、これが当時のバス路線であるという。マジか?そんな路線成り立つの?

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◆小森温泉下流に架かる名称竣工年共に不明の短橋梁

今時の人は知らんのかもしれんけど、昔はこの地域は備前國言うての、今でも備前何ちゃらて駅名あるじゃろ、落合は頭に美作と付いとるが、あれは昔の美作國言うての、別の國じゃ。

なるほど、そういう事か。確かにJR姫新線の落合駅には、美作が冠されている。対する県南の駅には備前と冠される駅が散見される。今でこそ岡山県と一括りにされているが、かつてはこの先には国境があり、今風に言えば落合は別の県で、経済圏も今とはまるで違ったものであったと思えば納得がいく。

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◆巨大な山襞をぶち抜く1998年竣工の小森トンネル

旭(江与味)で別のバスに乗り換えれば落合へ行けるし、福渡へも出られる。西川からは津山へ行くのもある。でも昔からこっち(加茂)じゃな。

小森温泉街を抜けると高低差があまり感じられない横這いの路で、イメージ的には初老の言う美作國に入った感がある。但しそれは行政界が稜線上に重なるとの思い込みに過ぎない。この先に待つ昔の国境は、河川によって隔てられている。

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