教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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円城の辻(16)

★★★

円城の辻(えんじょうのつじ)の取扱説明書

いつの頃からか、ライダーの聖地と謳われて久しい道の駅円城。週末ともなれば県の内外を問わず単車が集い、四輪での進入が場違いと思わせるほど凌駕する。山陽方面からも山陰側からも上り勾配のピークに位置する現場は、感覚的にも距離的にも一服するには丁度良い。多くのライダー&ドライバーが日頃何気なく行き来している道でもあるが、99.9%の者が円城へ至る道筋の正体を知らぬまま、この世の春を謳歌している。何を隠そう僕もその一人だ。正確を期せば、僕もその一人“だった”。沿道一帯には旧道のそれと分かる無数の残骸が散見されるが、それらを丁寧になぞる過程で、僕の想像を遥かに超える驚くべき現実を目の当たりにする。これまで培ってきた道路感が音を立てて崩れる、それくらいのインパクトは必至の炎上、いや円城の辻の真髄を御覧頂こう。

 

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◆長丁場の廃道区間より連続する旧道の膨らみ

結論から言ってしまうと、青草1号⇔青草2号橋間が、廃道区間では最も長い道程で、障害物の無い旧道と合わせても、この峠道に於ける最大級の長丁場であった。が、旧廃道の併走区はまだまだ終わらない。廃道の終点では車止めが向き合う様にして対峙している。

その先には島状の植樹帯及びその裏手を掠める四輪一台の通行がやっとの細い路地が、左コーナーの大外を回り込むように延びていて、進入者の足はナチュラルに細道へと滑り込む。前後の旧廃道は連続性を保っており、ほぼ途絶せずに繋がっている。

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◆島状の植樹帯の中央付近に待避所が設けられている

段差のある植樹帯の最大幅は優に5mを超えており、島状を形成する一部が段差無しで解放されている箇所には、四輪が複数台駐車可能な広場となっていて、ここも特別な事情下では避難場所や転回場所として開放されるのであろう。事実、車止めは容易に外せるようになっている。

平時に無秩序に使用されるのは御免だが、有事の際には拠点となるように機能する、そんな管理者側の意図が見え隠れする広場が沿道には多数見受けられる。中でも特筆すべきは最長廃道の終盤にみた大広場で、普通車クラスが十数台駐車可能なスペースは、小型のヘリポートとして機能する。

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◆旧道筋が現道に吸収された先に道の駅近しの案内板

何等かの理由で当峠区の上下線が分断された場合、折り返し地点として一時解放する他、復旧活動の最前線基地としての役割も果たすであろう。維持管理の観点から旧廃道が簡単にポイ捨てされる昨今、この峠道に於ける旧道の有効的な再利用の仕方には、多くの自治体が見習うべき点があるように思う。

二車線化に付随する形で新たに歩道を設けているので、本来であれば余剰となった切れ端の大部分は不必要と判断され、管理者側にとって御荷物でしかない。後の管理の手間や費用の観点から跡形もなく消し去るか、或いは完全封鎖して自然に帰化するのを待つのが賢明な判断と言える。

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◆旧橋を付け替えた昭和58年11月竣工の青草上橋

下手に空き地が点在している事は、夜間通行車両が激減する山道という性格上不法投棄の温床にもなるし、夜な夜な招かれざる客の集会所にならないとも限らない。現に広場の一部にはドリフト跡と思わしきタイヤ痕が認められる。通常であれば極力そういった輩を排除する方向で対応するはず。

しかしこの峠道に限っては実に寛大な措置が成されているように思えてならない。それが地域柄由来なのか、或いは多方面でも実施されているのかは定かでない。蛇足だが当峠道には年に数回程チェーン規制が掛かる。中国山脈に阻まれる県北ほどではないが、冬期の通行に支障が出る事もある。

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◆かなり稜線が低くなってきた青草上橋より峠方向を望む

現地の車両は基本冬場はスタッドレスタイヤを履くと聞く。温暖化の影響か近年は夏タイヤで強行出来なくもないが、やはり年間に数日程は対処不能となる日があるという。MAXの標高が高々300mではあるけれど、現地はそれなりに山深く、ドカ雪が降るのも珍しくはないという。

冬場が厳しいとなると変な輩の足は自然と遠退く。そういった土地柄もあってか、この峠道に於ける旧廃道の扱いは寛容で、一部が放置プレイの憂き目にあってはいるものの、それとて行政が本気を出せば、瞬時に迂回路として機能させられる程度の状態は保っている。

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◆昭和58年1月竣工の青草3号橋の手前に大きな膨らみ

青草1号から2号橋にかけての廃道区と、連続する旧道区が終わると、かつての道は現道に吸収され一時的に途絶する。視界前方には道の駅近しを知らせる案内板があり、いよいよサミットが至近距離に位置するのを実感する。そして緩やかな右カーブの先に待つ青草上橋を経て、加茂側の最終橋梁に至る。

ここに至る過程で青草と冠される橋は総勢で五つ。1号と2号は旧道が存在するので新規架設であるのに対し、下橋と上橋には旧道が無い。青草上下橋はその昔から存在した橋梁で、旧橋に肉付けした、或いは付け替えたにしても旧道由来で、その他が番号を付された橋と思って間違いない。

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◆青草3号橋開通以前の路跡と思わしき草まみれの膨らみ

サミットの直近に待ち構えている最後の橋の銘板には、青草3号橋と刷られている。当然そこには旧道の存在があるはず。橋の進行方向左手には大型車一台分の膨らみが認められる。その先は激藪に覆われ、道があるようには見えない。

番号が付与された橋梁に旧道アリ、これが僕の導き出した仮説だが、何かの間違いであって欲しいと切に願う。何故なら猛烈なブッシュが立ちはだかるからだ。道の駅を目前に控えてこの仕打ち、もう勘弁してくれ〜!と嘆き節が炸裂した。

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