教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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円城の辻(10)

★★★

円城の辻(えんじょうのつじ)の取扱説明書

いつの頃からか、ライダーの聖地と謳われて久しい道の駅円城。週末ともなれば県の内外を問わず単車が集い、四輪での進入が場違いと思わせるほど凌駕する。山陽方面からも山陰側からも上り勾配のピークに位置する現場は、感覚的にも距離的にも一服するには丁度良い。多くのライダー&ドライバーが日頃何気なく行き来している道でもあるが、99.9%の者が円城へ至る道筋の正体を知らぬまま、この世の春を謳歌している。何を隠そう僕もその一人だ。正確を期せば、僕もその一人“だった”。沿道一帯には旧道のそれと分かる無数の残骸が散見されるが、それらを丁寧になぞる過程で、僕の想像を遥かに超える驚くべき現実を目の当たりにする。これまで培ってきた道路感が音を立てて崩れる、それくらいのインパクトは必至の炎上、いや円城の辻の真髄を御覧頂こう。

 

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◆超絶激藪から脱出の見込みが立ち安堵する出口付近

近年稀にみる超絶激藪の先に待つ安心安全な二車線規格の路は、現場で対峙する者にとってオアシス以外の何者でもない。最後の最後まで棘の塊に苦しめられたが、目指すべき場所との距離感や、大凡の時間が把握出来る点で、見える化の重要性を肌で感じる。

今、我々人類はいつ収束するか知れないパンデミックの渦中にある。全く先が読めない中、地球規模で喘いでいる。この夏には収まるかも知れないし、向こう2〜3年は爆発と鎮静を繰り返しながら、ダラダラ続くという指摘もある。見通しが立たない中で、仮に特効薬が見付かったとしたらどうだろう?

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◆僅か50mに満たない短区間だが最も手強い最強区

今季のGWには間に合わなくても、この夏には世界で終息宣言が成される、と予め明るい未来が見えているのであれば、人類は一丸となって頑張れるのではないか。残念ながら現時点で特効薬は見付かっていないし、ワクチンも一時的な軽減措置に過ぎない。相変わらず手探り状態が続いている。

この現場に於いてもこれといった決め手は無く、無尽蔵とも思える棘の塊の除去を強いられ、正直途中で心が折れそうになりかけた。いつ終わるか知れない闘いに、途中で匙を投げるという事態も頭を過った。だがこの難局を僕はどうにかこうにか乗り越えた。本件に於いても特効薬は無かった。

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◆外環新設でほぼ往時のまま歩道へと転用された旧道筋

但しモチベーションを保つ決め手があった。北海道は余市の出足平峠を筆頭とする総延長30kmにも及ぶ旧廃道群の開削を、完全手作業のマンパワーで成し遂げた経験がそれだ。考えてみれば藪に対する耐性や経験知は、一般の勤め人とは比にならないものがある。

超強力な廃道養成ギブスを身に纏い、鍛錬したに等しい一連の成果は絶大で、橋が落ちていて渡れない等の理由で物理的に前進不可能な現場を除けば、私、失敗しないので!と、サクッと行けちゃう箇所がほとんどである事を、わたくしすっかり忘れていました。大変すんずれい致しました。

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◆新道に侵食されずそっくりそのまま現存する旧道筋

僅か50mに満たない短区間ではあるけれど、激藪区は僕を萎えさせるに十分な威力を有していた。かつて見た事もない棘の塊ではあったが、それ以上の難局を乗り越えてきた経験は重要な要素で、医療現場の最前線で闘う医療従事者も今はキツいが、それが糧になり肥やしになるのは間違いない。

特効薬で事態を一発解消するに越した事はない。しかし今取り組んでいる経験は必ず将来役に立つ。この難局を乗り越えたという実績が、次なる強敵との闘いに活かせる強力な武器となろう。とりあえず今は中国製のワクチンでも何でもいいから、政府主導のGOTOワクチンでこの局面を乗り切ろう!

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◆昭和60年1月竣工の青草下橋で旧道部は大幅に縮小

ただ俺は国産のワクチンが出るまで打たないけどね。棘の激藪区間はほんの一瞬の出来事で、突破劇以降日を改めて何度か現場を行き来したが、あれだけ手古摺ったのは何故だろうと不思議に思うほど、現道だとあっさり通過してしまう。ほぼ100%の往来車両が、あの地獄絵図に気付かないだろう。

そこからはしばらく小春日和の道程で、最大で4m幅まで膨らんだ歩道仕立ての旧道が続くも、迎える青草下橋で幅員1.5m以下の真っ当な歩道に落ち着く。昭和の晩年に大改修が施された短橋梁は、パッと見は橋全体をやり替えたように映るが、左右の欄干の違いで継ぎ足し工事である事が分かる。

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◆青草下橋付近は大幅な線形改変が施され一変している

今では旧道の経路がどのように辿っていたのか想像するより他ない。それ程に現場は二車線路が定着して久しい。旧道筋の基軸は歩道になるが、以前はのらりくらりと蛇行していたのは間違いなく、今でも狭いが更に一回り急峻な谷を遡上していた過酷なシーンが目に浮かぶ。

ここ青草下橋を機に勾配はワンランク上がる。一昔前のエンジン車だと悲鳴を上げる箇所だ。勿論いつ何時対向から車両が現れるか知れない見通しの利かないスラロームが断続的に続くから、度々坂の途中で一旦停止を余儀なくされ、再始動時にはウンウン唸りながら、えっちらこっちら登って行く事になる。

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◆金網ネットの足元に僅かだが旧道の残骸を捉える

落石防護ネットに覆われた斜面のちょっとした窪みも、足元に目を転じれば平坦路の一部が露出しているのが分かる。そこがかつての本線の一部であるのは明白で、在りし日の蛇行する1.5車線路の様子が容易に目に浮かぶ。

青草下橋付近では立ち止まって精査しないと、過去の線形を読み取るのは難しい。ただこれより先は走行中のドライバーでも何となく旧道と気付くほど、その存在はよりはっきりとした輪郭を以て、我々の眼前に姿を晒す事となる。

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