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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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円城の辻(8) ★★★ |
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円城の辻(えんじょうのつじ)の取扱説明書 いつの頃からか、ライダーの聖地と謳われて久しい道の駅円城。週末ともなれば県の内外を問わず単車が集い、四輪での進入が場違いと思わせるほど凌駕する。山陽方面からも山陰側からも上り勾配のピークに位置する現場は、感覚的にも距離的にも一服するには丁度良い。多くのライダー&ドライバーが日頃何気なく行き来している道でもあるが、99.9%の者が円城へ至る道筋の正体を知らぬまま、この世の春を謳歌している。何を隠そう僕もその一人だ。正確を期せば、僕もその一人“だった”。沿道一帯には旧道のそれと分かる無数の残骸が散見されるが、それらを丁寧になぞる過程で、僕の想像を遥かに超える驚くべき現実を目の当たりにする。これまで培ってきた道路感が音を立てて崩れる、それくらいのインパクトは必至の炎上、いや円城の辻の真髄を御覧頂こう。 |
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◆新旧道がぶつかる交点にポツンと佇む鍋谷口停留所 再び新旧道がぶつかる交点には、停留所がポツンと佇んでいる。辺りを見回しても何も無い。正確を期せば進行方向左手の頭上に廃墟が一軒認められるが、その一家の為にバス停が置かれたというのはとても不自然で、僕の城下橋に備えるのが妥当案は揺るがない。 当路線が一時代前の1.5車線の山道時代は、鍋谷口停留所は現在の辺鄙な場所ではなく、路上に速度制限が刷られる離合箇所に置かれていた公算が大だ。そこは民家が密集していたであろう箇所で、バス会社・警察・行政・自治会で協議され、当時の最適解とされるベストポジションでもある。 |
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◆バス停の徒歩数十秒先に人の住まうポツンと一軒家 頭上の廃墟を筆頭に鍋谷口停留所付近は閑散としていて、平日の白昼は人の気配がほとんど感じられない。元々人家の数が少ないというのもあるが、朽ちて久しいとか更地になっている等々の理由で、廃集落に等しい無人地帯と化し静寂に包まれている。その中で孤軍奮闘するポツンと一軒家がある。 明らかに人の手が介在した斜面は理路整然としていて、猪などの獣害が容易に近付けない里山然としているそこには、まんが日本昔話に登場するような古民家が構えている。布団が干してあるので、今でも人が暮らしているのだろう。高台の自宅へ駆け上がる専用通路には、近代的な擁壁を備えている。 |
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◆一軒家の足元に現存する大きく膨らむ歩道と化した旧道 その足元を伝う歩道は必要以上に膨張し、最大値では軽トラ同士が擦れ違える程に大きく拡がっている。その外側を二車線の快走路が豪快に併走している訳だが、当の歩道が旧道そのものの遺構であるのは言うまでもない。足元に目をやると、路面には夥しい数のタイヤ痕が認められる。 元車道であるから当然と言えば当然だが、それにしても四輪のものと思わしきタイヤ痕は、峠で目にするドリフト族並みの容赦ない痕跡を路面に刻み、普段から積極的に活用していますが何か?的な勢いが感じられる。利用者は歩道という認識が希薄なのかも知れない。 |
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◆架け替えにしか見えない鍋谷橋も新旧合作の継ぎ足し橋 そりゃそうだ、生え抜きの地元民にしてみれば、人生のほとんどを車道として利用してきた訳で、ある日を境に今日から歩道なんでそこんとこ宜しく!と言われても、そう簡単に腑に落ちるものではない。要するにあの頭文字D並みのタイヤ痕は、歩道なんぞとはこれっぽっちも思っちゃぁいない証左だ。 膨張した歩道が通常のサイズに収まった地点で、再び国近川を跨ぐ短橋梁を迎える。ガードパイプとガードレールに挟まれた紛らわしい造りではあるが、両土台の継ぎ目の凹凸による段差で、そこが橋と気付く者もいるだろう。その銘板には鍋谷橋とあり、竣工は昭和60年12月とされている。 |
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◆鍋谷橋の視界の先に複数の建物を捉える 進行方向左側の歩道+αが本来の旧道筋で、拡幅工事中は進行方向右寄りの新設車線の動向を捉えつつ、ドライバーは従来の狭隘山道を行き来していたはずで、全面通行止にして橋を架け直した体を成してはいるが、城下橋同様継ぎ足し橋であるのは言うまでもない。 主が健在の古民家を過ぎて間もなく迎える鍋谷橋、その視界の先にも複数の家屋が見え隠れしている。そこへ向けて国道は緩やかな右カーブを描いているが、当時の線形はこのような見通しの利く快走路ではなく、蛇行する形で上り詰めるドライバー泣かせの路であったと考えられる。 |
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◆沿道に点在する建物の多くが会社関係の施設 何故ならこの直線区間の進行方向右手の茂みに、旧道跡と思わしき残骸がちょいちょい認められるからだ。そこはもう単車を乗り上げてどうこう言うレベルには無いのだが、旧来の路の切れ端と思わしき断片が容易に見て取れ、大蛇が這うが如し線形であったのは想像に難くない。 歩道を加え実質三車線もある贅沢な直線路が、過去の線形を完膚無きまでに掻き消しているが、雑木林の中に取り残された痕跡を僕は見逃さない。そして鍋谷口の先に点在する複数の建物が、実は後年設置された会社の施設である事が判明する。現場は間違いなく一時代前と景色が一変している。 |
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◆沿道に漂う微かな生活臭が完全に途切れる切池橋 バス停が置かれているくらいであるから、かつては沿道に民家が点在していた可能性は十分在り得る。しかし二車線の快走路と化した現在の鍋谷口付近では、生活臭というものが全くと言っていいほど感じられない。 それは次なるバス停が待つ切池橋でより顕著になり、文明の及ばぬ未開の地に足を踏み入れる感が増す。後に我々は鍋谷口が真の最終集落と知る事になるが、まだこの時点では廃墟の如何を問わず、人家に遭遇する微かな期待があった。 円城の辻9へ進む 円城の辻7へ戻る |