教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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円城の辻(4)

★★★

円城の辻(えんじょうのつじ)の取扱説明書

いつの頃からか、ライダーの聖地と謳われて久しい道の駅円城。週末ともなれば県の内外を問わず単車が集い、四輪での進入が場違いと思わせるほど凌駕する。山陽方面からも山陰側からも上り勾配のピークに位置する現場は、感覚的にも距離的にも一服するには丁度良い。多くのライダー&ドライバーが日頃何気なく行き来している道でもあるが、99.9%の者が円城へ至る道筋の正体を知らぬまま、この世の春を謳歌している。何を隠そう僕もその一人だ。正確を期せば、僕もその一人“だった”。沿道一帯には旧道のそれと分かる無数の残骸が散見されるが、それらを丁寧になぞる過程で、僕の想像を遥かに超える驚くべき現実を目の当たりにする。これまで培ってきた道路感が音を立てて崩れる、それくらいのインパクトは必至の炎上、いや円城の辻の真髄を御覧頂こう。

 

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◆石材店の正面で合流する現国道と旧国道

新加茂橋の袂で二手に分かれる新旧道、その狭間には島状の私有地があり、石材屋の在庫置き場として利用されている。二手に分かれた路は50m程度で再び交わるが、その合流点から振り返ると、どれだけ旧道がみすぼらしいかが良く分かる。

パッと見、旧道の幅員は現道の片側分にも満たない。遠近感でそう映るのかと思いきや、実測値でも印象と大きく違わない。現国道の幅員は片側3mジャストミートで、相互だと6m、それに1mの余白X2を加えると、現道は実に8mという必要にして十分な幅員を有する。

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◆新道に吸収されると思いきや旧道はX状で突き抜ける

歩道が不十分という意見はとりあえず置いといて、現役車両のスムーズな相互通行を満たすにはこの上ない規格にある。一方旧来の路は大型車がまともに通れるか否かも危うい難路で、対向車が来たら即パニクる仕様だ。頼むから誰も来ないでくれ!と毎回念仏のように唱える必要がある。

それがこの区間に止まらないのは、断続的に続く旧道筋を辿れば明らかだ。石材店でひとつになる新旧道は、現道に吸収されて消滅する訳ではない。その先には大型車が余裕を持って休息可能な、木陰のやや大き目の膨らみがある。そこ目掛けて旧道筋は真直ぐに突き進む。

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◆木陰の膨らみへ直線的に走り抜ける旧道筋

つまり石材店付近の新旧路は、X状に交差する形で交わっている。石材店の貯石場から木陰の膨らみへと滑り込む旧道、その道筋を大胆にカットする現道が、いかに大掛かりな仕込みであったかが現状を見れば頷ける。膨らみの最大幅は3mに及び、それ自体が旧道そのものである証左だ。

一時代前は併走する二車線の快走路が丸ごと存在しなかった訳で、旧道脇を結構なスピードでぶっ飛ばす大型車をみると、隔世の感がある。今でこそ突然の電話に対応する為等の避難場所でしかないが、平成の始め頃までは現役の幹線道路であったのだ。その証拠が側面の草木に見え隠れしている。

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◆膨らみの側面に野積みの石垣を捉える

そう、石垣だ。こんな所にも地味に擁護壁が見て取れる。これが旧道探訪の醍醐味であり、幾度となく行き来した路傍の片隅に埋もれる遺構は、余程気を付けて眺めないと捉える事は出来ない。ソフトボール大の石を積み重ねただけの野積で、崩落防止及び排水に特化した造りはシンプル極まりない。

そこには城壁のような威厳も無ければ、いつまでも見ていたいと思わせる美しさもない。どうしようもないくらい簡素な造りは、ビジュアル的に何だかな〜感は否めない。しかし明確な意図を持って沿線住民が積み上げた無骨な構造物は、今この瞬間も道路を擁護し続けているという現実がある。

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◆大型車の駐車も余裕の膨らみより先は現道に吸収される

この石垣をいつ頃積み上げたのだろうかと想いを馳せた時、その長きに亘る擁護実績を考えると空恐ろしくなる。当時の人々は先の先を見据えてではなく、当分の間持ち堪えてくれればいいや的なノリで築いたかも知れない。こんなん役に立つのかね?と文句を言いながら積み上げたかも知れない。

しかし明治、大正、昭和、平成、令和と五つの時代を、微動だにせずそこに在り続けたという現実に驚愕せずにはいられない。何度か崩れては治しを繰り返した可能性も否定出来ないが、再構築の際に野面積みという選択肢は幹線道路である点からほぼ無い。昭和になっても野積みなら、それはそれで希少だが。

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◆旧道の痕跡が微塵も感じられない直線の快走路

明治由来であっても余裕の百年越えだ。万が一このルートが江戸道に重なっているとすれば、二百年越えレベルの超長期構造体となる訳で、現役で機能している点も加味すれば、日の目を見ない土木遺産と言っても過言ではない。道路業界という狭き分野に限っても、見過ごす訳にはいかない重要遺構だ。

何せこのルートは古来津山と倉敷結ぶ主要幹線道路で、最終的に国道の肩書を冠された県下でも屈指の経路である。その傍らに眠るいかなる遺構もスルー出来ないし、足跡を辿る上で考察に欠かせない必須アイテムとなるから、どんな些細な遺構も逃す訳にはいかない。

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◆長い直線後のカーブの先で鬱蒼とした森へ進む旧道筋

膨らみ以降旧道は現道の下敷きとなったようで、遺構らしい遺構が見当たらない。現状はすっかり直線の快走路に生まれ変わっている。恐らくかつては適度に蛇行する見通しの利かない線形であった事は、前後の様子からも明らかだ。

長い直線の終わりで右45度にカーブすると、そこから更に30度近く切れ込み、鬱蒼とした森へと分け入る派生路を捉える。勿論そいつが旧国道筋であるのは言うまでもなく、茂みの奥へと続く路を前に臨戦態勢を整える。

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