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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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円城の辻(3) ★★★ |
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円城の辻(えんじょうのつじ)の取扱説明書 いつの頃からか、ライダーの聖地と謳われて久しい道の駅円城。週末ともなれば県の内外を問わず単車が集い、四輪での進入が場違いと思わせるほど凌駕する。山陽方面からも山陰側からも上り勾配のピークに位置する現場は、感覚的にも距離的にも一服するには丁度良い。多くのライダー&ドライバーが日頃何気なく行き来している道でもあるが、99.9%の者が円城へ至る道筋の正体を知らぬまま、この世の春を謳歌している。何を隠そう僕もその一人だ。正確を期せば、僕もその一人“だった”。沿道一帯には旧道のそれと分かる無数の残骸が散見されるが、それらを丁寧になぞる過程で、僕の想像を遥かに超える驚くべき現実を目の当たりにする。これまで培ってきた道路感が音を立てて崩れる、それくらいのインパクトは必至の炎上、いや円城の辻の真髄を御覧頂こう。 |
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◆R484指定されている現役の旧加茂橋が旧道の起点 信号機の無い淡白な三叉路、ここが円城へと通じる峠道の起点である。昭和の晩年に架け替えられた加茂橋、その対岸に青看が掲げられたT字の交点、それこそが国道同士がぶつかり合う当地きっての交通の要衝で、加茂の一等地と呼んで差し支えない特別な場所である。 但し廻りを見渡しても一等地にありがちな高層ビルやタワマンといった類の物件は皆無で、何事も無かったかのように昭和以前の古民家群が佇んでいる。平成3年の春に新加茂橋へと覇権が移る以前の加茂橋は、R429とR484が重複する押しも押されもせぬ幹線道路であった。 |
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◆旧加茂橋の袂に佇む現役の老舗お好み焼き屋 その証拠に橋を渡った直後の土台付近には、老舗のお好み焼き屋が居を構えている。このコロナ禍にあってもテイクアウトを前面に押し出し、ウィズコロナ時代のサバイバル戦を強く逞しく生き残らんとする姿勢に目頭が熱くなる。こんな僻地で孤軍奮闘する飲食店がある事は、先が見えない最中では非常に心強い。 派手な看板テンコ盛りの、いかにも昭和テイストな店構えであるが、平成の始め頃までは間違いなく勝ち組であった。何故ならその時分まで加茂界隈を通過する全ての車両が、加茂橋の往来を余儀なくされていたからだ。好むと好まざるとに関わらず、ドライバーの視界にはお好み焼の文字が飛び込んできた。 |
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◆二車線の現役路線に対し1.5車線規格の狭い旧道筋 けして飲食店が多い訳ではないこの界隈に於いて、お腹を空かせた者はもとより、小腹が減った者をも呼び寄せるには十分なオーラを発しており、食べログで検索するまでもなく、通りすがりの者をバキュームの如し吸い寄せるパワーがある。その威力はR429指定が外れても衰えない。 平成3年の春に新加茂橋が竣工し、国道は宇甘川の対岸へと移った。それまではお好み焼き屋の前でR429とR484は二手に分かれ、またそこが合流地点となって路上に漂う芳醇な香りに誘われ、ライダードライバーの多くが陥落するのは日常茶飯事という事態は想像に難くない。 |
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◆ギリギリ二車線幅と1.5車線幅で強弱を繰り返す 鰻屋や焼き鳥屋のパタパタ作戦同様、厨房から漏れ出る甘く危険な香りにノックアウトされた者は枚挙に暇がない。国道から二階級降格し町道となってからは、行き交う者は地域住民に限定され活気は失った。通行者の多くは青看の指示に従い、対岸の現国道筋を行き来する。 倉敷と津山の都市間を結ぶ大動脈、その大半が二車線規格を有する現況を以てすれば、加茂町役場にも通じるこの1.5車線路を本通りとするには、かなり無理があったであろう事は間違いない。昭和の後期には朝晩の渋滞が慢性化していた、その様な光景は容易に目に浮かぶ。 |
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◆平成3年に切り替えられた新加茂橋で新旧路が交錯する R429が占有する現在の旧加茂橋の交通量は極小で、畑ヶ鳴峠以降の福渡側の狭小区を思えば、今も昔も交通量はそれほど変わらないであろう。対して新加茂橋は上下線共に引っ切り無しに車両がやってくる。白昼であってもそうであるから、朝晩のラッシュ時ともなれば、そこそこの渋滞は発生するのだろう。 そう考えると実質1.5車線幅の旧道筋は、新橋開通時まで慢性的な渋滞に悩まされていた可能性が大だ。現地住民の話によると、昭和年間は加茂から岡山市内や倉敷へマイカー通勤は当たり前だったというから、通勤者はこの狭き通路で日常的に四苦八苦していたのだろう。 |
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◆現役国道と十字で交わりしばらく宇甘川沿いを進む旧道 現道に比し心許無い旧道筋が特に狭いと感じたのが、新加茂橋を横断した直後の区間だ。ポールによる車両規制があるものの、今でも軽クラスの車両なら行き来出来るそこは、止まれのペイントも往時のまま残る、紛れもない旧国道429号線筋である。そこは軽自動車同士の擦れ違いがギリギリの幅員しかない。 僕はふと疑問に思った。本当にこれが前時代の規格そのものなのであろうか?材木や飼料、或いは鋼材を積んだ10トンオーバーの大型車が、平然と行き交う現在の状況と余りにも乖離するそのスペックに、正直驚きを禁じ得ない。これが平成の始め頃まで供用されていた現役の国道ってか? |
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◆ゆとりある歩道にしか見えない元国道429号線の軌跡 余りにもみすぼらしいその姿に、驚嘆を通り越し感動すら覚える。本当にこの激狭道でやりくりしていたのか?R429の良い部分しか知らない者なら疑って当然である。普通車同士の離合さえ叶わない道が、かつての国道とは俄かには信じ難い。 しかしR429を全線踏破した者は知っている。これが正真正銘のかつての道幅なのだと。これが一時代前の国道の実態なのだと。何故ならこれと瓜二つの狭隘区が、同路線上で今尚現役供用されているからだ。 円城の辻4へ進む 円城の辻2へ戻る |