教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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畑ヶ鳴峠(24)

★★★

畑ヶ鳴峠(はたごなるとうげ)の取扱説明書

世の中には地図に刷られている峠名と現地に掲げられている峠名がマッチングしない案件が存在する。国道484号線の畑ヶ鳴峠もその一つだ。ひとつの峠に複数の呼称があるのは然程珍しい訳ではない。峠の前後左右で名称が異なるのは何等不自然ではないし、どれが間違っていてどれが正しいとも言い切れない。世に出回っている地図の原本となる国土地理院の地形図は、2018年現在山の神峠と謳っている。その為市販の地図はそれに従い山の神と刷り込んである。現場は取るに足らない平易な峠で、未来永劫歴史の道踏査報告書で取り扱う日は来ないであろう、そう思い込んでいた、つい最近までは。ところが無視する訳にはいかない驚愕の事実に直面する。全ては知る人ぞ知る秘境カフェ「ナップビレッジ」に始まる。ここに立ち寄ったが最後、単なる峠越えに終始しないコアな世界へと引き摺り込まれていく。本来は酷道として名高い畑ヶ鳴峠であるが、その殻を打ち砕くに十分な破壊力を秘めている同区の真髄を御覧頂こう。

 

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◆第三の峠からの下りにある完全一車線の最狭区

第三の峠、それはこれまで幾度か当路線を行き来した中で、何となく気にはなっていたものの、深堀する事なく見過ごしていた。最強区から上り詰めた先に待つ頂きは、他の掘割と異なり石垣等の人工物を一切身に纏っていない。これといった特徴がないので記憶にも残り難い。

急いでいれば尚更で、走破するだけであれば大方がスルーする、そんな地味な山襞のひとつに過ぎない。今回は踏査であるから見過ごすはずもなかったし、ピークを境に路は下りに転じているからターニングポイントの一つであるのは明明白白で、その点は強く意識した次第である。

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◆第三の峠の着地点には田んぼとプレハブと電柱が待つ

第二の峠には派生する作業路が存在し、開削時に築かれたであろう古風な石垣の姿も捉える事が出来た。しかし第三の峠には市町界を跨ぐ標識等も無ければ、林班境界を示す杭等も見当たらない。どうしても越さねばならない襞があったから越えたまで、それくらい現場は淡白な様相を呈している。

ただそこからの下りは記憶にも記録にも残る道程で、軽自動車と歩行者の擦れ違いが困難な最狭区となっている。単なるツーリングやドライブでは捉え難い事象で、日山谷林道分岐手前の最狭区と並ぶ運転者泣かせの最恐区が存在した事実を、まざまざと思い知らされた。

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◆膨らみに無数のタイヤ痕が刻まれたヘアピンカーブ

その下り途中では左斜面の木々の隙間に田園地帯が見え隠れし、突如として一般社会との接点を見出すと同時に、ようやく絵画の中のような隔絶した世界を脱したのだと安堵する。眼下に捉えた谷底の人工物は全て田んぼで満たされ、軽トラやトラクターが出入りする通路が県道から枝分かれしている。

その分岐点の手前には元工事現場の事務所と思わしきプレハブが佇む。駐車場一帯にはペンペン草が生い茂り、建物は主を失って久しい錆び具合ではあるが、かつてそこに人の往来並びに営みがあった証左で、ここに来てようやく捉えた電柱がサバイブの終焉を告げる。

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◆プレハブエリアからの上り勾配に通行不能の半壊箇所

ところがだ、安堵した矢先で強烈な不安感に苛まれる。大崩落現場が唐突に目の前に現れ、再び行く手を阻まれた。もう決壊箇所は無いであろうと思い込んでいただけに、そのショックは計り知れない。不幸中の幸いであったのは、辛うじて歩道サイズの小径が首の皮一枚で繋がっていた事だ。

それさえも全幅の信頼が置けるものではないが、物理的に通り抜けが不可能な全壊現場ではない以上、前進を躊躇わない。もうここは人里離れた辺境の地ではない。直近集落からの通勤圏内にある事は、田んぼや電柱が証明している。それを裏付けるかの如し大規模な遺構が待ち構えていた。

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◆半壊現場の先に待つ第四の峠には最大規模の石垣

見てくれ、この背丈程の高さで左に弧を描く見事な石垣を。第二の峠でも低い石垣の姿を捉えたが、この現場はそれの遥か上をいっている。勿論石垣の中心部を境に路の前後は下り勾配となっていて、現場が単なる切り通しでない事は誰の目にも明らかだ。つまりここは第四の峠なのだ。

擁護壁たる石垣の規模は本路線内に於いては最大級で、高さにしても長さにしても他を圧倒している。福渡からここに至る過程で真の峠はどこ?という問いに対し、僕は間髪入れずにココと答える。それくらい現場は峠然としているし、実際問題としてこのサミットは異世界を二分する分水嶺となっている。

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◆切り通しを抜けた先には広大な棚田と大規模集落が待つ

第四の峠より下りに転じた瞬間から左手には棚田が広がり、その行き着く先には斜面にへばり付くようにして密集する古民家の姿が認められる。そう、あの切り通しは過密集落と無人エリアとを隔てる明確な境界となっているのだ。その事実を内外に知らしめる為のオブジェと考えれば、立派な石垣も頷ける。

村人に対してはこの境界を越えると危険な無法地帯と周知が図れ、逆に余所様に対しては一定の縛りがある自治区に入るという明確な線引きと共に緊張感を与える事が出来る。目視による監視こそ無いものの、一昔前の関所のような役割を果たしているように思えてならない。

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◆終点となる道の駅裏手を廻る県道は国道にぶつかる

ジェットコースターの如し激しいアップダウンから解放され、平穏無事な集落の一端へと滑り込む。そこは岡山県下で第一号となる最古参の道の駅で、喧騒な駐車場の裏手を回り込むようにして、十中八九の者に県道と気付かれぬまま国道にぶつかる。

大方が県道と認識出来ない何とも地味過ぎる交点で、呆気ない幕引きではあるが話はこれで終わらない、終わろうはずがない。峠道としては確かに道の駅で終点を迎えたかのように映る。しかし県道372号線には続きがある。

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