教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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畑ヶ鳴峠(23)

★★★

畑ヶ鳴峠(はたごなるとうげ)の取扱説明書

世の中には地図に刷られている峠名と現地に掲げられている峠名がマッチングしない案件が存在する。国道484号線の畑ヶ鳴峠もその一つだ。ひとつの峠に複数の呼称があるのは然程珍しい訳ではない。峠の前後左右で名称が異なるのは何等不自然ではないし、どれが間違っていてどれが正しいとも言い切れない。世に出回っている地図の原本となる国土地理院の地形図は、2018年現在山の神峠と謳っている。その為市販の地図はそれに従い山の神と刷り込んである。現場は取るに足らない平易な峠で、未来永劫歴史の道踏査報告書で取り扱う日は来ないであろう、そう思い込んでいた、つい最近までは。ところが無視する訳にはいかない驚愕の事実に直面する。全ては知る人ぞ知る秘境カフェ「ナップビレッジ」に始まる。ここに立ち寄ったが最後、単なる峠越えに終始しないコアな世界へと引き摺り込まれていく。本来は酷道として名高い畑ヶ鳴峠であるが、その殻を打ち砕くに十分な破壊力を秘めている同区の真髄を御覧頂こう。

 

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◆トラバース区間では落石の影響かガードレールが破損

対向車が全く現れない理由が明らかとなった今、歩行者を含め人と遭遇する機会は限りなくゼロに近い。種を明かせば通行止予告の看板を擦り抜けてきたのだから、鼻から対向車を期待する方がどうかしている。そもそも論として工事関係者以外の般ピーが、この空間に居るはずがないのだ。

尤もこうして物理的に単車が行き来できるのであるから、チャリや歩行者と擦れ違う可能性はなくもないが、通行不能&立入禁止の閉鎖空間に加え、平日というのも手伝って孤立状態にあるのは間違いない。この先がどうなっているか定かでない以上、先程の崩壊箇所が決定的場面か否かの判断は付かない。

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◆幾つもある谷のひとつに着地し三度上り勾配となる

情報過多の現代に於いてこの情報量の少なさは、如何ともし難いものがある。道中に案内板はあるにはあるが、そこに記されているのは山中を彷徨う一本道であり、交差する別路線や公共施設及び集落等のアナウンスは皆無で、本当の“やまみち”である事を実感せずにはいられない。

事実この道に掲げられた名称に僕は唖然とした。案内板のタイトルには中国自然歩道と刷られているのである。誰がどう見ても現況は歩道の域を超えているが、このルートは列記としたハイキングコースであり、いつ何時歩行者と擦れ違っても何等不思議でない道なんである。

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◆県道372号線で最も狭い岩盤剥き出しの最狭区

僕が対向車或いは対向者と擦れ違うのではないかと期待した根拠がそれだ。道中どれだけ崩れていたとしても、歩行者が行き来出来ない程の致命傷でない限り、ハイカーの一人や二人は障害物覚悟で突破を試みる者がいるのではないか、そう期待していた部分が少なからずあった。

しかし現実には行けど暮らせど誰一人接触する事はなく、そうこうしているうちにとうとう当路線の最狭部に到達した。見てくれ、この岩盤削り出しの狭隘区を。単車と軽自動車の離合は勿論、歩行者と軽自動車の擦れ違いさえ許さない県下でもなかなかの激狭区である。

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◆巨大な側溝と思わしき人工物が沿道に放置されている

歩行者が遠慮して路肩から外れるとか、岩にへばり付くなどの態勢をとれば、物理的な離合は叶うかも知れない。しかしそれは通常の歩行姿勢で擦れ違えるのとは明らかにイレギュラーな由々しき異常事態で、鼻から擦れ違いを想定していない設計に基づいて敷設されたのは明らかだ。

一体全体いつの時代の規格なのかと突っ込みたくもなるが、このような狭隘区は一箇所に止まらない。当山道のあらゆる箇所に散見され、その都度ドライバーは肝を冷やす羽目になる。なしてこげな道が今日現在も県道を名乗り、集落も無ければ大した交通量もないのに整備対象になっているのか?

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◆林道日山谷線との交点に於いても地味で閑散としている

そう考えた時、僕ははたと気付いた。四輪と歩行者の擦れ違いを許さない狭隘区が断続的に続くシーン、どこか見覚えがある。ってかそれに類推する路の精査に我が人生を賭してきたんジャマイカ?そう、馬車道だ。

県道372号線=馬車道

思い返せば当山道はのっけからヘアピンカーブで、その後もヘアピンに次ぐヘアピンの連続で高度を稼ぎ、或いは急降下しアップダウンを繰り返す形で、途切れる様子もなくひたすら何処かを目指して無人地帯を駆け抜ける。

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◆数多あり過ぎてカウントするのも面倒なヘアピンカーブ

その姿はいずれどこかで行き詰まる林道とは似て非なるもので、ある目的地へ抜けんとする強い意志のようなものを感じずにはいられない。全体像として道幅が極端に狭いとか、橋梁を架けずヘアピンを駆使してのアップダウン、大した離合箇所も無い等々規格の脆弱さとは裏腹に粛々と路は続く。

これが一介の林道であれば、どこかでプツンと途切れても違和感はない。しかしこの路線にはそういった刹那感がまるでない。ある地点を目指し確実に連絡する、そういった力強いメッセージのようなものが路面から伝わってくる。この道の特徴に一点付け加えねばならない事がある。それが勾配の緩さだ。

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◆当県道に進入してから迎える二つ目の切り通し

当路線には激坂というものが存在しない。舗装ありきの後発林道ではお手の物だが、敷設時に土道であったり砂利道だと激坂は致命傷に等しい。車両が踏ん張れない急坂激坂の類は、車両通行ありきの近代道路に於いては御法度である。

第三の峠となるこの切り通しに於いても、その前後は緩勾配のユルユル坂となっており、人畜が押し曳きする車両の往来に耐え得る規格であるのは明らかで、荷馬車が悠然と駆け抜けていったであろう姿が容易に想像される。

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