教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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畑ヶ鳴峠(20)

★★★

畑ヶ鳴峠(はたごなるとうげ)の取扱説明書

世の中には地図に刷られている峠名と現地に掲げられている峠名がマッチングしない案件が存在する。国道484号線の畑ヶ鳴峠もその一つだ。ひとつの峠に複数の呼称があるのは然程珍しい訳ではない。峠の前後左右で名称が異なるのは何等不自然ではないし、どれが間違っていてどれが正しいとも言い切れない。世に出回っている地図の原本となる国土地理院の地形図は、2018年現在山の神峠と謳っている。その為市販の地図はそれに従い山の神と刷り込んである。現場は取るに足らない平易な峠で、未来永劫歴史の道踏査報告書で取り扱う日は来ないであろう、そう思い込んでいた、つい最近までは。ところが無視する訳にはいかない驚愕の事実に直面する。全ては知る人ぞ知る秘境カフェ「ナップビレッジ」に始まる。ここに立ち寄ったが最後、単なる峠越えに終始しないコアな世界へと引き摺り込まれていく。本来は酷道として名高い畑ヶ鳴峠であるが、その殻を打ち砕くに十分な破壊力を秘めている同区の真髄を御覧頂こう。

 

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◆何となく道跡に見えなくもない杉林を縫う江戸期の道筋

よくよく初老の話を聞いてみると、江戸時代と何等変わらぬ手付かずの人畜道と、明治になって上書きされ人力車の通行を許す原始の車道、そこに改良が加えられた現行車道の三バージョンが混在し、それらが場所によっては一つに重なり、時には併走している区間があるという。

このショットは最古の路と初老が先々代から伝え聞いた道跡で、戦後しばらくは石垣伝いの徒歩道が鮮明であったらしく、幼少期は実際に行き来した事もあったという。しかし現在は石垣の大部分が崩壊し、松の木の隙間を縫う空間に、それとなく面影が認められるに止まる。

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◆かつて江戸道伝いに点在していたという炭焼窯の跡

しかしながらそれとて現地人の案内無しでは経路を辿る事はおろか、その存在を掴む事さえ至難の業となっていて、土地勘のない者ではほとんど雲を掴むような話である点を強調しておきたい。生え抜きの年配者帯同でなければほぼほぼ間違いなく、原形となる江戸道を辿る事は不可能であったろう。

実際に初老が道案内してくれている最中も、道筋を示す人差し指を外した途端、何が何やら不明瞭になってしまう有様で、このショットも江戸道伝いにあった炭焼窯の跡というが、大量の落ち葉の隙間に人工的な石垣が僅かに顔を覗かせているだけで、その存在自体はほとんど掻き消されてしまっている。

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◆加茂側峠直下の県道372号下土井加茂線との交点

畑ヶ鳴峠を越える江戸道の存在はよ〜く分かった。問題はそれ以後に成立した車道の方で、江戸道がどーでもいいとまでは言わないが、人力車で嫁いできたという初代の車道がどこをどう通っていたのか、また当時の通行状況がどういったものであったのかを聞きたくて仕方がない。

しかしいざ車道の話になると初老は消極的になり、雄弁に語る江戸道のそれとは、まるで正反対の様相を呈し頑なに口を閉ざす。一体全体どうしたというのか?本命が明治の力車道と悟って勿体ぶっているのか?事はそう単純ではなかった。背景にあるどえりゃ〜秘密に口を噤んでいたのだ。

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◆のっけから四輪同士の擦れ違いを許さない狭隘剣道

これは本通りじゃねぇ

初老が申し訳無さそうにぼそっと呟いたその言葉の意味を、僕は理解出来なかった。え〜と、どういう事かな?初老の明らかなトーンダウン、ハイテンションからの急激な出力低下を招いた原因、それは僕の想像を遥かに超える恐るべきものであった。

福渡から峠を越えてきて、下りに差し掛かった直後に右に折れる道があったじゃろぅ、あれが昔の道じゃぁ

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◆大型車は勿論2トン車でも進入を躊躇うであろう激狭道

嘘やん!?

いやいやいや、おいちゃん、それ明らかな嘘やんかぁ。そげなはずなかろうて。ボケとんのとちゃいます?あれは県道372号線言うて全くの別物、この道と何の関係もあらへん。頭の中どないなってますのん?あまりにも突拍子もない事を言い出すものだから、関西のおばちゃん口調にならざるを得なかった僕は、一時撤退し間髪入れずに図書館へと赴いた。

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◆国道との分岐点から程無くして現れる第一ヘアピン

今一度話を整理しておこう。福渡と加茂を結ぶ路線が国道429号線であり、その沿線には路の変遷を示す旧廃道が数多点在し、畑ヶ鳴峠を頂点とする峠道そのものに、違和感や疑問符が付く余地など無いに等しい。だがその既成概念に異を唱える者が現れた。他でもないあの初老だ。

氏は何を血迷ったか福渡⇔加茂間を結ぶ路線は、今この瞬間に於ける主要路線であって、その昔は現状とは全く異なる経路を辿っていたという。年輪を重ね認知機能の低下、或いは妄想癖や虚言癖の類か、いずれにしても真相を確かめてみる必要がある。まっ、そんな事ある訳ないやろ、そげな事ある訳・・・

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◆一応ガードレールは備わるが待避所らしきものは無い

ほんまや〜!!!

二段階認証?と首を傾げた今は亡きセブンペイ社長の会見以来の衝撃。いや、それを遥かに凌駕する新事実に驚きを禁じ得ない。何なんだこの近年稀にみる破壊力は?我々の知る畑ヶ鳴峠は、真の畑ヶ鳴峠に非ず。旧廃道とはまるで異なる新世界、これより未知なる領域、いや道なる領域へと突乳する。

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