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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>畑ヶ鳴峠 |
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畑ヶ鳴峠(14) ★★★ |
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畑ヶ鳴峠(はたごなるとうげ)の取扱説明書 世の中には地図に刷られている峠名と現地に掲げられている峠名がマッチングしない案件が存在する。国道484号線の畑ヶ鳴峠もその一つだ。ひとつの峠に複数の呼称があるのは然程珍しい訳ではない。峠の前後左右で名称が異なるのは何等不自然ではないし、どれが間違っていてどれが正しいとも言い切れない。世に出回っている地図の原本となる国土地理院の地形図は、2018年現在山の神峠と謳っている。その為市販の地図はそれに従い山の神と刷り込んである。現場は取るに足らない平易な峠で、未来永劫歴史の道踏査報告書で取り扱う日は来ないであろう、そう思い込んでいた、つい最近までは。ところが無視する訳にはいかない驚愕の事実に直面する。全ては知る人ぞ知る秘境カフェ「ナップビレッジ」に始まる。ここに立ち寄ったが最後、単なる峠越えに終始しないコアな世界へと引き摺り込まれていく。本来は酷道として名高い畑ヶ鳴峠であるが、その殻を打ち砕くに十分な破壊力を秘めている同区の真髄を御覧頂こう。 |
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◆現代の大型車一台を余裕で通すコンクリ製の短橋梁 そいつは唐突に現れる。福渡側では幾つかの廃道区間を捉えた実績から、加茂側にもそれらしき遺構があると睨んではいた。確かに現国道と並走する藪道はあった。しかし何かが違う。パッと見の路に違和感を禁じ得ない。そいつが何なのかはっきりするのに、それほど時間は掛からなかった。 ズバリ欄干が無いのだ、この橋には。見ての通り藪道の導入部には、板状の橋が小川を跨いでいるのみで、そこに元主要路っぽさはまるで見受けられない。旧国道感やかつての幹線路といったオーラは、全くと言っていいほど感じられない。用済みの作業路といった感じの印象は否めないみすぼらしさ。 |
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◆欄干を用いないシンプルな構造も総コンクリ製で堅牢 足元の様子を見る限り短橋梁にはコンクリートがふんだんに使われ、曲りなりにも現代仕様の真っ当な橋である事が分かる。これが石橋、或いは木橋・土橋といった旧態依然とした古橋なら兎も角、どう考えても戦後、それも高度経済成長期辺りの産物と思われ、旧橋と呼ぶにはまだ若過ぎる感がある。 一部が苔生していたり表面が黒ずんでいる事から、それなりの草臥れ具合は伝わってくるのだが、明治道にみる百年超えの年代物感とは裏腹に、車両を対岸へ安全に渡す事だけに特化した超シンプルな構造は、戦後大量生産された無機質なコンクリ隧道に重なる。 |
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◆旧道はのっけから激藪に包まれ進入者を拒む コンクリ橋なら壊れないし流されない。かつて夢の素材として人の寿命以上に耐え得ると期待され、永久橋と呼ばれた時代もあったコンクリート製の土木建造物。今それらの多くは思っていた以上に短命で、一世紀どころか半世紀も経たずして刷新を迫られるという事態に陥っている。 勿論中には長期政権を誇る堅牢な物件もあるにはあるが、それはパッと見体裁を保っているに過ぎない。確実に迫り来る経年劣化から逃れる事は出来ず、我々が求める安全基準を満たさないばかりか、その存在自体がいつ何時崩壊するやも知れぬ脅威と化し、御荷物となっている側面は否めない。 |
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◆当区間で最も見通しが利くも有効幅は徒歩道サイズ ここにみる名も無き橋もその一つで、現代の仕様に耐えられないと判断され、現役路線からの退場を余儀なくされた過去の路、その顛末がこの瓦礫と落ち葉にあいまみれた窮状で、その醜態は川を挟んで併走する現道からはほとんど拝めない。生垣の如し杉並木が遮蔽壁の役割を果たし、森と同化して映る。 事実旧道はその大部分が徒歩道サイズに縮小していて、四輪の通行を二度と許さない仕様にある。だが元の道幅は現代のダンプでも往来可能な幅広道で、それは4m幅を誇る板状の橋からしても明らかだ。かつてこの狭隘廃路を大型車両が行き来したであろう事はほぼ確実である。 |
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◆棘や蔦が複雑に絡み合う厄介な箇所で手古摺る トゲのある植物や蔦などが複雑に絡み合い、徒歩通行さえ許容しない棘の道ではあるが、一時代前はこの道を唯一の拠り所として数多の車両が往来した。その対岸を現代の車両は対向車を意識せずに涼しい顔で駆け抜ける。だがこの道が現役の頃は、恐る恐る前進したであろう事は容易に想像が付く。 激藪の餌食になって久しく画像からは分かり辛いが、所々に離合箇所と思わしき膨らみが見て取れる。基本は一車線で相互通行は叶わない。しかし要所要所に待避所を設ける事で、巧くやりくりしていたのだろう。その当時は通行車両も限られているから、これ一本で何とか賄えていたに違いない。 |
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◆最難箇所を過ぎても油断ならない完全廃道が続く 当時も不満はあったかも知れない。あの道路何とかしちくりぃ!と陳情もあったろう。それでも予算の都合がどうたらと先延ばしされ、常に対向車を意識せざるを得ないストレスを抱えたまま、この道を使わざるを得なかった当時の様子が目に浮かぶ。L字状に削り取っただけの簡素な路に人工物は見当たらない。 あのコンクリ製の橋だけが辛うじてこの枯葉道が、力車道や荷車道或いは馬車道といった黎明期の路ではないと主張する。その下地は徒歩道に至る古道筋かも知れないが、晩年は現代でも通用する大型車両が往来した真っ当な車道である事は、現存するコンクリ橋梁及び幅広道が裏付けている。 |
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◆かつて大型車両が行き来したとは思えない窮状 最晩期は大型車両が駆け抜けたその道は、対向車を意識せずに済む二車線規格が標準仕様となった事で、道路課では拡幅か否かも検討されたであろうが、結果的に対岸にゼロベースの新道を設ける事で決着し、その役割を終えた。 刈り払いをせずに前進可能な箇所もあるが、手を焼かせる難儀な区間がほとんどで、旧道からは新道を行き交う車両をはっきりと捉えられるが、その逆はほとんど絶望的と言っていいほど藪に埋没し、存在自体が否定された格好となっている。 畑ヶ鳴峠15へ進む 畑ヶ鳴峠13へ戻る |