教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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畑ヶ鳴峠(13)

★★★

畑ヶ鳴峠(はたごなるとうげ)の取扱説明書

世の中には地図に刷られている峠名と現地に掲げられている峠名がマッチングしない案件が存在する。国道484号線の畑ヶ鳴峠もその一つだ。ひとつの峠に複数の呼称があるのは然程珍しい訳ではない。峠の前後左右で名称が異なるのは何等不自然ではないし、どれが間違っていてどれが正しいとも言い切れない。世に出回っている地図の原本となる国土地理院の地形図は、2018年現在山の神峠と謳っている。その為市販の地図はそれに従い山の神と刷り込んである。現場は取るに足らない平易な峠で、未来永劫歴史の道踏査報告書で取り扱う日は来ないであろう、そう思い込んでいた、つい最近までは。ところが無視する訳にはいかない驚愕の事実に直面する。全ては知る人ぞ知る秘境カフェ「ナップビレッジ」に始まる。ここに立ち寄ったが最後、単なる峠越えに終始しないコアな世界へと引き摺り込まれていく。本来は酷道として名高い畑ヶ鳴峠であるが、その殻を打ち砕くに十分な破壊力を秘めている同区の真髄を御覧頂こう。

 

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◆第一ブレーキポイントとなる枝道及び簡易トイレ&駐車場

まるで帯広付近を疾走しているかの如し錯覚を覚える豪快な直線路は、無駄にアクセルを踏み込ませ、より一層の加速力が付く。唯でさえオーバースピードになりがちな見通しの利く坂道に、景観を堪能する余裕は無い。しかし進行方向左手には思わず足を止めたくなる気になるポイントが連なる。

まずは左手の斜面を駆け上がる舗装林道と駐車場&トイレが視界に飛び込んでくる。単なるドライブではその存在すら眼中にないであろうが、情報に飢えている者としてはブレーキをかけずにはいられない。100坪に満たない駐車場そのものが住居跡なんジャマイカ?更地とあらば人家の跡を疑ってかかれ。

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◆進行方向左手のガードレールに違和感を覚え停車

僕は何かに執り付かれたかの如し周囲に目を配る。小学校があるとこ人家アリ。その鉄則に従い辺りを探索するも、それらしきものはまるで見当たらない。残念ながら林道との分岐点ではたいした情報は得られなかった。人家もしくはその痕跡が掴めればと淡い期待を抱くも、見事なまでに裏切られる始末。

だが悲観するのはまだ早い。幾度となく行き来した峠道ではあるが、現場には僕の知らない世界があった。お気付きだろうか?ガードレールの先に何かが見え隠れしているのを。はて、あれは何じゃろか?間近で拝むまでその物体は道路とは無関係の構造物に映った。ところが・・・

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◆現道に上書きされるも辛うじて生き残る短橋梁の残骸

ジャーン!

こ・こ・これは紛れもない旧橋の痕跡ではないか!コンクリートの支柱に鉄パイプを宛がった簡素な欄干は、昭和の真只中に観る橋梁のイメージそのもので、川幅3m前後の源流付近に架橋された短橋梁は、辛うじて埋没の難を逃れていた。

状況は思いっきり現橋の下敷きになっていて、土台となっている容姿は見るも無残であるが、考え様によってはこれもアリかも知れない。何故なら旧廃橋は安全上橋桁が外されるのが常で、二度と往時の様子が拝めないケースが少なくないからだ。

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◆ガードレールに隠されるようにしてひっそりと佇む欄干

確かに旧橋は現道に上書きされ、その存在は完膚なきまでに掻き消されている。すっかり過去のものとなっているというレベルではなく、始めから無かった事にされている。というのも現道の両側には連続するガードレールがあるのみで、現場が橋と分からない仕様になっているからだ。

アスファルトには段差や繋ぎ目等は一切見当たらず、通行車両は川を一跨ぎした感覚は無い。ただひたすら快走路を爆走するに終始するドライバー達は、当然ながら橋梁の存在には気付かないし、気付くはずもない。だってこの僕でさえ今の今まで知らずにいたのだから。

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◆見通しの良くない蛇行線で滑り降りるも二車線幅を維持

但し河川敷には芝生に囲まれた東屋があるので、桜目当ての御花見やピクニックに訪れた家族連れなんかは、案外その存在に気付いているやも知れぬ。だが大方は無関心を装う。橋があるから何だっつーの?その感覚よーく分かります。そんな事知らなくたって生きて行く上で何の支障もございません。

ただ道活をする上で旧橋の存在は欠かせない。かつてこの峠道はどのような線形を辿り、人はいかにしてこの峠道を往来したのかを想像するにあたり、必要不可欠なアイテムであるのは言うまでもない。それも数が多いに越した事はない。残念ながら潰れかけた橋梁にデータは見当たらない。

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◆東屋&溜池の堰堤直下より派生する第二大柾林道

欄干の片割れは粉砕している為橋幅すら判然としない。福渡側ではほぼ全ての橋に銘板が認められたが、加茂側にはその痕跡が一切見当たらない。片側のみ現存する欄干の親柱に、何等かのデータが読み取れて良さそうなものだが、その形跡さえ確認出来ないのだ。

東屋はその先に待つ溜池と連動する憩いの場となっているが、堰堤直下より派生する林道に架橋された橋梁には、一切のデータが備わらない。ってか欄干すら無い。当たり前だ、鼻から一般車両の通行を想定していないし、橋名や竣工年をわざわざ後世に知らせる意義も感じられないのだから。

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駒止めの一つも備わらない超絶シンプルな名も無き旧橋

逆説的に古来重要な主要路にして現国道たる峠道に架かる橋でありながら、何故データの一つも認められないのであろうか?消えた片割れの親柱に全ての情報が盛り込まれていたとでも言うのだろうか?

溜池直下より派生する第二大柾林道、そこに架かる橋は橋台一本勝負の超シンプルな構造にあるが、その先に待つ旧道筋も負けていない。いよいよ欄干さえ不要と見限ったのか、遂に駒止めさえ無い橋が待ち受ける未知の領域へと分け入る。

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