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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>畑ヶ鳴峠 |
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畑ヶ鳴峠(10) ★★★ |
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畑ヶ鳴峠(はたごなるとうげ)の取扱説明書 世の中には地図に刷られている峠名と現地に掲げられている峠名がマッチングしない案件が存在する。国道484号線の畑ヶ鳴峠もその一つだ。ひとつの峠に複数の呼称があるのは然程珍しい訳ではない。峠の前後左右で名称が異なるのは何等不自然ではないし、どれが間違っていてどれが正しいとも言い切れない。世に出回っている地図の原本となる国土地理院の地形図は、2018年現在山の神峠と謳っている。その為市販の地図はそれに従い山の神と刷り込んである。現場は取るに足らない平易な峠で、未来永劫歴史の道踏査報告書で取り扱う日は来ないであろう、そう思い込んでいた、つい最近までは。ところが無視する訳にはいかない驚愕の事実に直面する。全ては知る人ぞ知る秘境カフェ「ナップビレッジ」に始まる。ここに立ち寄ったが最後、単なる峠越えに終始しないコアな世界へと引き摺り込まれていく。本来は酷道として名高い畑ヶ鳴峠であるが、その殻を打ち砕くに十分な破壊力を秘めている同区の真髄を御覧頂こう。 |
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◆真冬のナップビレッジを狭隘国道の峠側から望む 当沿線で一際異彩を放つナップビレッジ。一体全体何なんだこいつは?その違和感を解消すべく足を止めてしまうドライバーが後を絶たないが、この異空間はある日忽然と姿を現した訳ではない。僕が承知しているだけでも増築に継ぐ増築を経て、ここ十年足らずの間に様相は一変している。 峠まで歩いて三分という至近距離にはあるが、2〜30年物の植林杉に囲まれた谷底は日当たりが悪く、昼尚鬱蒼とする樹林地帯はとてもじゃないが恵まれた土地とは言い難い。春夏秋冬を問わず日照時間は極端に短く、残念ながら最近流行りの太陽光や太陽熱の恩恵には授かれない。 |
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◆軽自動車同士の擦れ違いも不可能な一車線区間 積極的にこの土地を購入するような理由は見当たらず、一般の人なら論外とも言える避けるべき土地である。最寄駅となる福渡へ歩いて行けるような距離でもないこのような僻地に、何故主は居を構えんとしたのか?それも拡張の一途を辿ったのであろうか? そのヒントに成り得るかも知れない物体が、ナップビレッジを構成する建造物の中に潜んでいる。それが最奥に鎮座する事務所だ。普段は関係者以外立ち入り禁止となっているそこは、バザー等のイベントがあれば容易に近付ける。そこで僕が目にしたのは、戦前或いはもっと古い木造の建物であった。 |
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◆峠の直前で交差する小玉川に架かる小さな橋梁 パッと見の印象は役場である。正確を期せば役場の出張所のような小規模なもので、村役場の支所といった趣がある。外観は個人宅や会社というよりも、一昔前の明らかな公共の建物といった佇まいで、役場・学校・郵便局・消防・警察と幾つか連想されるが、いずれも該当せずとのエラー返ってくる。 何故ならばそこに集うはずの人の存在そのものが確認出来ないからだ。何等かの公共機関であれば、近隣周辺にそれ相応の人の営み、或いはその痕跡等が見られていい。ところが峠直下のナップビレッジ界隈には、全くと言っていいほど生活臭というものが感じられない。 |
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◆頭上に小さな建物と付随する電線及び電柱を捉える それは現場に行ってみれば良く分かる。周辺には本当に何も無いのだ。道の両側には等感覚で植えられた杉木立があるばかりで、左右の斜面には基本的に取り着く島が無い。道中には幾つかの枝道があるにはあるが、そのいずれもが植林造林に寄与する作業路に過ぎない。 ほぼほぼ無人地帯の現場を何度も往復している僕に言わせれば、峠直下のこの地点に公共機関を配置するのはナンセンス。そもそも人が集まろうにも人がいないし、仮にポツンと公共機関のみをこの地に配したとして、果たして雲上の公共物を目指して遠方からわざわざ足を運ぶであろうか? |
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◆視界前方が開け明るくなっている右手が畑ヶ鳴峠 ナップビレッジの最深部で息を潜める謎の建造物は、平成築造の建物群とは一線を画す明らかな異物である。僕は直感的にこう感じた、移築ではないかと。どこかの地で取り壊されそうになっていた歴史的価値のある建造物を、粋な社長の計らいでこの地に移植されたのではないかと。 それならば合点がいく。移築ならばどげな秘境にあったとしても驚きには値しない。どうやってこの狭隘路を伝って運び入れたのか等の些細な疑問はあるが、分解して搬送すれば物理的には富士山頂にだって再建は不可能ではないから、移築というのは十分に有り得る話だ。 |
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◆峠の直前にて二車線幅で90度に折れ曲がる国道 そうかそうか、そういう事か。一刻も早くこの不可解な謎を解消したい僕は、月旅行のついでにロケットの中でやっちゃって、帰還後産声を上げた第一子には宇宙(こすも)と命名する前澤社長のような しかし気になる点があった。古風な建物にはその由来及び歴史を刻むであろう石碑が置かれていた。その碑文を確認すれば一件落着である。はて、どこからの移築であろうか?興味深く拝見する我が目に飛び込んできたのは、ムンクの叫びも辞さないトンデモナイものであった。 |
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◆巨大カーブにどっしりと根を張るシンボル的巨樹 円城小学校加茂分校 はい?えーっと、どこに子供が?ってかどこに人がいらっしゃる?状況的に移築と信じて疑わなかった僕はフリーズした。一体全体このカオスな状況をどう解消すればよいのだろうか?謎の建造物が移築でない事はすぐに理解した。何故ならば円城という地名も加茂という地名も、この場所からは目と鼻の先に位置する為、わざわざ移築する方が不合理であるからだ。あの建物は紛れもない分校、即ち小学校なのだ。 畑ヶ鳴峠11へ進む 畑ヶ鳴峠9へ戻る |