教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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畑ヶ鳴峠(6)

★★★

畑ヶ鳴峠(はたごなるとうげ)の取扱説明書

世の中には地図に刷られている峠名と現地に掲げられている峠名がマッチングしない案件が存在する。国道484号線の畑ヶ鳴峠もその一つだ。ひとつの峠に複数の呼称があるのは然程珍しい訳ではない。峠の前後左右で名称が異なるのは何等不自然ではないし、どれが間違っていてどれが正しいとも言い切れない。世に出回っている地図の原本となる国土地理院の地形図は、2018年現在山の神峠と謳っている。その為市販の地図はそれに従い山の神と刷り込んである。現場は取るに足らない平易な峠で、未来永劫歴史の道踏査報告書で取り扱う日は来ないであろう、そう思い込んでいた、つい最近までは。ところが無視する訳にはいかない驚愕の事実に直面する。全ては知る人ぞ知る秘境カフェ「ナップビレッジ」に始まる。ここに立ち寄ったが最後、単なる峠越えに終始しないコアな世界へと引き摺り込まれていく。本来は酷道として名高い畑ヶ鳴峠であるが、その殻を打ち砕くに十分な破壊力を秘めている同区の真髄を御覧頂こう。

 

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◆段差が設けられ緑地帯へと改められた旧道の残骸

道路を意識していなければまず視界に入らない貫掛の旧道は、単なるツーリング時には十中八九見過ごす些細な遺構のひとつに過ぎない。現に僕はこの峠道を幾度となく走り抜けた過去に、旧道の残骸で一度も足を止めた例はない。その存在に気付いているか否かと言ったら、当然気付いてはいる。

しかし新道に干渉しない全くの別ルートがあるならまだしも、小間切れにされた旧道の断片を見せ付けられても食指は動かない。未知なる路線という刺激には遠く及ばず、大部分が上書きされてしまった既成線に心時めくはずもなく、敢えてそれを掘り下げようものなら、事務的処理に終始するのがオチだ。

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◆意識しなければ確実にスルーするであろう旧県道の跡

貫掛区を過ぎて間もなく現れる緑化された旧道も、普段ならスルーする取るに足らない小規模な遺構で、饅頭型の植木が配された三日月型の膨らみは、10cm程度嵩上げされ最早車道の体を成していない。そればかりか旧道の欠片も認められないほどに、進行方向右手斜面の森と一体化している。

一時的に駐車車両を受け入れる膨らみとして開放されているケースが多い中で、明確な段差によって明らかに車両の侵入を拒む仕様となっていて、旧道としての旨味は全く感じられない。また植樹されているので人も車も利用出来ないという点で、この膨らみは実用性に欠け使いモノにならない。

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◆幅員的に県道時代とほぼ遜色がないと思われる直線

道幅は標準的な二車線仕様である点に加え、通常の交通量が極小ときているから、管理側の別に膨らみイラネという理屈も分からなくはない。しかし紅葉の時期ともなればこの山道は状況が一変する。渓谷沿いの紅葉狩りを目的に、週末は多くの家族連れで賑わうのだ。

普段なら待てど暮らせど車が来ないという閑散地帯ではあるけれど、この峠道は混む時はしっかり混むという特徴がある。特にナップビレッジが秘境カフェと持て囃されるようになった昨今、特定の時期に限らず週末は交通量増という現象が顕著になった感がある。

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◆小玉川を一跨ぎする鉄パイプの欄干を備えた善木下橋

単車だと大概の場面で四輪をやり過ごせるので気にならないが、擦れ違いが四輪同士となると話は別だ。この峠道に於いて快適な二車線区間はそう長くは続かない。ナビに従って福渡から遡上を開始すると、最終集落を過ぎてそれほど進まぬうちに道幅はぐっと狭くなる。

1.5車線キープで実幅が4mを切る事はないが、普通車同士であれば離合の際に減速は免れない。勿論ドライバー同士は細心の注意を払っての擦れ違いを余儀なくされ、運転に慣れていないサンデードライバーは冷や汗を掻く事になる。例え運転に長けた者であっても、相手によっては冷っとする場面もあろう。

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◆昭和30年代後半の架け替えと訴える善木下橋

それもこれも併走する小玉川と国道の間には、ガードレールが未設置であるからに他ならない。法面にボディを擦るかも知れない車両と、下手こくと川底にドボンの車両が対峙する。どちらもこの難局を乗り越えんと必死だ。滑落しても生死を彷徨う高低差ではないが、叶う事なら何事もなく通り過ぎたい。

保身を望むドライバー同士の鬩ぎ合い、それは今に始まった事ではない。随所に散らばっている旧道群が、忌まわしい過去の実態を今に伝えているし、現に二車線化が叶った区間は山道の極一部に過ぎない。今日現在峠区の大方は、狭隘路が占めているという現実がある。

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◆橋名・川名・竣工年の銘板三点セットを備えた善木下橋

その狭隘山道に架かる橋は、いずれも刷新されて久しい。小玉川を跨ぐ橋梁は、どれも似たり寄ったりで延長が短い。また実用性に重点を置いた簡素なコンクリ橋で統一されている。意匠への拘りは皆無に等しく、欄干が設置されているのがやり過ぎと思えるほど無骨な印象は否めない。

ただ律儀にも各々が橋名及び竣工年の銘板を備え、この峠道が辿った軌跡をしかと今に伝えている。在り来たりなコンクリ橋と日付入銘板とのギャップに萌えるが、大方は昭和30年代後半に刷新されているようで、間もなく寿命を迎えつつある老兵といった草臥れ具合にある。

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◆大字表記で竣工年の差別化を図る物見橋の銘板

興味深いのは橋々の銘板に刻まれた竣工年で、川下の善木下橋が昭和37年と単純な漢数字で表記されているのに対し、川上の物見橋は昭和参拾八年と大字が使用されている。この違いは何なのだろうか?

 橋梁の構造そのものに顕著な相違は見当たらない。いずれの橋も非常にシンプルな造りとなっている。意匠への意識はほとんど無いに等しいが、個性が全く無いのかというとそうでもなく、銘板という小さな枠に施工者の拘りが僅かだが見て取れる。

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