|
教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
|
|
トップ>旧道>岡山>畑ヶ鳴峠 |
|
|
畑ヶ鳴峠(5) ★★★ |
|
|
畑ヶ鳴峠(はたごなるとうげ)の取扱説明書 世の中には地図に刷られている峠名と現地に掲げられている峠名がマッチングしない案件が存在する。国道484号線の畑ヶ鳴峠もその一つだ。ひとつの峠に複数の呼称があるのは然程珍しい訳ではない。峠の前後左右で名称が異なるのは何等不自然ではないし、どれが間違っていてどれが正しいとも言い切れない。世に出回っている地図の原本となる国土地理院の地形図は、2018年現在山の神峠と謳っている。その為市販の地図はそれに従い山の神と刷り込んである。現場は取るに足らない平易な峠で、未来永劫歴史の道踏査報告書で取り扱う日は来ないであろう、そう思い込んでいた、つい最近までは。ところが無視する訳にはいかない驚愕の事実に直面する。全ては知る人ぞ知る秘境カフェ「ナップビレッジ」に始まる。ここに立ち寄ったが最後、単なる峠越えに終始しないコアな世界へと引き摺り込まれていく。本来は酷道として名高い畑ヶ鳴峠であるが、その殻を打ち砕くに十分な破壊力を秘めている同区の真髄を御覧頂こう。 |
|
|
|
◆小玉川を一跨ぎする昭和60年11月竣工の貫掛橋 数十年に一度クラスの異常降雨の際には、併走する道路が溢れた川の受け皿となるケースが少なくない。水災害に見舞われた地域からの中継では、どこが道路でどこが河川なのか判然としない映像を目にするが、ここ国道484号線も例外ではない。現に路の両脇には水跡と共に大量の落ち葉が堆積している。 正面には小玉川を一跨ぎする貫掛橋が認められるが、橋梁の高さでは消化しきれない分の川水が容易に乗り越えた痕跡で、もっと先の上流から溢れた川水が道路を伝ってきた可能性も否定出来ない。その際の置き土産が水害の凄まじさを物語る。丁度そこは我々の関心事である新旧道の交点でもある。 |
|
|
◆橋の手前で分岐した旧道の直後に待つデリネーター 隧道あるとこ旧道ありの鉄則に従えば、橋梁あるとこ旧道ありと疑わない訳にはいかない。事実貫掛橋の手前には素人が見ても明白な車道が雑木林の中へと続いているのが分かる。何故即座に車道と判別可能なのか?それは進入してすぐにデリネーターが視界に飛び込んでくるからだ。 その側面にはややくすんではいるものの、岡山県の三文字がはっきりと読み取れる。一昔前そこは一端の車道であると同時に、県が管理する幹線道路であった事を示唆する。夥しい数の枝葉に覆われた足元の様子とは裏腹に、重要な路線且つ真っ当な生活道路として供用されていた証左だ。 |
|
|
◆デリネーターの向かいの法面に鎮座する古風な石垣 貫掛橋の銘板には昭和60年11月竣工の文字が躍る。昭和50年代末まで主役を担っていたのは、紛れもないこの川伝いの狭隘路なのだと直近の遺構は主張する。その向かいには更に古い遺構が息を潜めていた。側面を覆っている草を掻き分けると、整然と並ぶ石垣の姿がそこにあった。 反射板を備えたデリネーターは当然の如し戦後の遺構であるが、対峙する石垣は戦前、或いはもっと前の時代の施工とみて間違いない。旧道に足を踏み入れて僅か10mという至近距離で、この路線が辿った軌跡がある程度読み取れる貫掛橋の分岐点は、畑ヶ鳴峠区に於ける重要なポイントの一つだ。 |
|
|
◆四半世紀放置されすっかり自然に還りつつある旧道筋 先に断っておくが、残念ながら当該路線に現存する遺構は、それほど多くはない。大部分が現代規格へと改められてしまっている。そりゃそうだ、国道の肩書を持つ実用に耐え得る真っ当な車道なのだから。三桁国道でも400番台後半のR484は、元号が平成に代わって3年が経って認定された後発組である。 従って貫掛橋は認定待ちの国道ありきで架設されたであろうが、実際には県道時代に完工した紛れもない県道橋であり、その旧道は当然国道時代を経験してはいない。現国道の旧道なのだから旧国道という見方も出来なくはないが、正確を期せば県道時代の旧道、即ち旧県道という解釈が正しい。 |
|
|
◆巨大な空間と開けた頭上が辛うじて道路跡を主張する その当時の路の大方は失われて久しいが、ゼロベースで新設されたショートカットの傍らには、ほぼ完璧な状態を維持したまま小玉川に沿いに放置された旧道筋が横たわる。本来の役職を離れた後は歩道化されるでもなく、ただただ荒れるに任せ手付かずのまま自然に還りつつある。 足元を埋め尽くす枯葉の一部を取り除くと、ひょっこりとアスファルトが顔を出す。そいつを額面通り受け取れば、旧道の全面が舗装されているはず。従ってパッと見は未舗装路のようにも見えるが、県道時代の最晩期は既設区間・新設区間に関わらず、峠区の全てが舗装済であったと考えるのが自然だ。 |
|
|
◆路面がアスファルトとは思えない植物の猛威に感服する 近い将来国道昇格を目指す道路であれば尚更で、別の箇所でもランダムに足元を探ってみたが、やはり堅牢な路面が現れるばかりで、靴底には未舗装の欠片もない。砂利道時代の名残をキャッチ出来ないか模索するも、掘る所はどこもかしこも硬質な路面で、ヒットしそうな予感はまるでない。 路線の切替が昭和40年代であれば期待値も上がろう。しかし廃棄されたのが昭和の晩年ともなると、いくら人気のない山岳路線でもなかなか厳しいものがある。画的は美味しそうな藪道となっているが、その実態はアスファルトの上層に堆積した枝葉に、ありとあらゆる植物が根付いた疑似雑木林に過ぎない。 |
|
|
◆新旧道の交点となる昭和60年3月竣工の上貫掛橋 自動車どころか徒歩通行をも拒絶する激藪と化した貫掛の旧道は、1.5車線平均という当時の有効幅員に加え、それ以前の様子を古風な風貌の法面にて未来人たる我々に訴える。この道の歴史は古く、それ相応に探り甲斐があるのだと。 上流に待つ上貫掛橋で旧道は二車線の快走路に吸収される形で消え失せる。だがその足元にはいつ何時現れるやも知れぬ対向車を、常々意識しなければならぬ狭隘路が標準仕様であった過去を、貫掛橋区の旧道は我々に強く印象付けた。 畑ヶ鳴峠6へ進む 畑ヶ鳴峠4へ戻る |