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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>廃道>北海道>静狩峠 |
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静狩峠(23) ★★★★ |
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静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書 その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。 |
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◆進入間もなく急坂の注意喚起をする市道静狩中央線 現国道を斜めに横断する変則十字路に入り込む車両は少なくない。一般市道であるから当たり前と言ってしまえばそれまでだが、峠を越えてきた地元車両が静狩市街地へと滑り込むショートカット路として機能する。その勾配は10%とそこそこの傾斜で市街地へと繋がっている。 市道の存在意義は通行車を静狩駅前へとスムーズに導く事で、道なりに進めば最短距離で駅前へと滑り込める。当たり前だ、この路線はかつての幹線路なのだから。バイパスが成立する以前の路はどこも駅前を通過するのが定石であった。何とも面倒な話だがここ静狩も例外ではない。 |
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◆気持ち幅員が拡がり市街地近しを予感させる 高速道路にバイパスが当たり前の現代人からすれば有り得ない話だが、かつては好むと好まざるとに関わらず全ての車両が駅前の通過を余儀なくされた。市道静狩中央線を名乗るインチキ二車線の舗装路はその時代の名残で、旧道化してからも長らく未舗装路であった姿が容易に想像される。 交点より先の路は抜本的な改修が成されておらず、あくまでも路の表面をアスファルトで覆ったに過ぎない。部分的に二車線幅となっているのは市街地が目前に迫っているからで、いよいよ静狩駅が近付いている感がある。周囲に人家は認められないが、ほんの僅かな磯の香りが海岸線近しを予感させる。 |
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◆視界前方の巨大ヘアピンで明後日の方向へ反転する 時折忘れた頃に地元車両が通り過ぎる寂しい道程ではあるけれど、全く使われていない過去の道という訳ではない。むしろ地元民は積極的に利用している。だがその昔は現国道に負けずとも劣らない一端の交通量を誇った。戦前戦中を通してこの道は絶えず喧騒に包まれていたのだ。 というのも静狩は駅前のみが栄えていた訳ではないからだ。駅前は駅前で繁華街があった訳だが、山の中腹にはもうひとつの町が形成されていた。それが静狩金山に従事する者達が集う鉱山都市である。この道は峠を越える山道にして、静狩の海街と山街とを繋ぐ重要な連絡路でもあったのだ。 |
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◆ヘアピンコーナーに現存する木製の電柱 ヘアピンコーナーに現存する木製の電柱には小さな照明器具が認められる。恐らくこの灯りを頼りに小学生は当山道を日課の如し昇り降りしていた。その数MAXで1450名に上る。千名超に及ぶ生徒が毎日この道をぞろぞろと行き来していたのだ。まさに民族大移動と呼ぶ他ない。 開戦当時1400戸数えられた静狩の家屋の実に1000戸が山腹に集中していたというから、静狩が一時期漁師町ではなく鉱山町であったのは明明白白である。あの大露頭付近を中心とする山中に約千戸もの居住施設があったというのは俄かには信じ難いが、史実であるから覆し様がない。 |
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◆カラフルな屋根の人家を捉え市街地の外れに到達 痕跡が見当たらないのは施設の大方が他に転用されたからで、木造家屋の大半は自然に朽ちていったという。それにしてもひとつの町が綺麗さっぱり消失している現実に驚きを隠せない。70年以上も前の話であるから当然と言えば当然だが、それにしても証拠隠滅を図ったかのような見事な消えっぷりだ。 なんつっても昭和15年当時長万部村の半分の人口を占める7000人が静狩に一極集中していた、それも大方が駅前ではなく何もない山中に集っていたというのだから幻の雲上都市と言っても過言ではない。眼下に見えるカラフルな屋根の家々は、かつての鉱山都市とは一線を画す漁師町に属す。 |
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◆今でも細々と営業を続ける静狩金山興業株式会社 海抜10m程度の漁師町の外れには、静狩金山興業株式会社の標柱を掲げる小さな社屋がある。閉山したはずの静狩金山であるが、実は今でもひっそりと操業を続けている。金山としての命脈は完全に尽きたが、採石場を筆頭とする多角経営で生き永らえているのである。 この奥に存在するサケマス孵化場も事業のひとつだ。更にその奥には知る人ぞ知る掘削の副産物として湧き出した垂れ流しの鉱泉があるのはここだけの秘密である。更にその奥より山頂へ通ずるもうひとつの車道が実在する。恐らく林業にも手を出して後年開設したのだろう。 |
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◆金山興業から海岸線に向けて一直線に延びる旧国道 しばらくはその道筋を静狩峠の本通りと勘違いしていたが、大露頭経由の廃道が真の峠道である事が本調査で確定した。金山興業より海岸線へと一直線に突き進む路は、まるで大空から舞い降りた機体が滑り込む滑走路のようだ。 大岸峠⇒チャシ峠⇒礼文華峠⇒静狩峠と長い長いフライトを終えたペガサスは、羽を休めしばし休息を得るためのオアシスへと滑り込む。そこは雲上の鉱山都市へと通ずる玄関口であり、超絶怒涛空前絶後の礼文華山道の終点でもあるのだ。 静狩峠24へ進む 静狩峠22へ戻る |