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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>廃道>北海道>静狩峠 |
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静狩峠(21) ★★★★ |
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静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書 その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。 |
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◆辛うじてダブルトラックが認められる浅藪の直線 開戦前夜の山本五十六は軍が唱える守勢ではなく、積極的な攻勢作戦を良しとしていた。圧倒的な武力を誇る米軍に対し我が軍が優勢に立てるとしたら、初動時で相手の出鼻を挫く戦意喪失でしか勝機は見出せないと考えていた。国力の差を無視した無謀な挑戦も、僅かなチャンスを生かそうとしていた。 だがその僅かな望みが断たれた時、挑戦者は虎の尾を踏むとどうなるか、本当の恐怖に打ち震える。あってはならない本土空襲を許し、沖縄占領に広島・長崎への原爆投下、挙句の果てに無条件降伏ときている。あの時代に東京を筆頭とする全国主要都市の焦土化を誰が想像出来たであろうか? |
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◆四輪だと躊躇する林道以上廃道未満の中途半端な路 無傷だったのは田舎の田舎だけで、民間人しか運んでいないのが明白な定期列車にも機上小銃の嵐が降り注ぐ明らかな国際法違反の蛮行を許したのは、他でもない軍部の圧力による戦果の水増しと、転換点となるミッドウェーの敗北を最高機密情報として隠蔽した大本営の愚策による所が大きい。 ミッドウェー海戦の真実を当時の国民が知らされていたならば、黙殺されていた戦争反対を唱える少数派の意見も無視出来なくなり、世論が終戦を早めた可能性は十分に有り得る。少なくとも原爆による人体実験は阻止出来たかも知れないと思うと、組織の空気によって素早い決断が出来なかった事が悔やまれる。 |
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◆当山道はほぼ全線が根曲竹に侵されていないのが救い 時の日本政府内でも一部の大臣でしか知り得なかったミッドウェーの大失態であるが、海軍の屋台骨である主力空母数隻を一度に失う驚愕の事実をいつまでも隠し通せるはずもなく、主要艦隊の消失によって次第に綻びが出る。金から銅への国の方針転換も顕在化した我が国の弱体化の一つである。 昭和18年1月22日「金鉱業ノ整備ニ関スル件」が閣議決定されたのに伴い金山の休廃止が執行され、ここ静狩金山も休山を余儀なくされた。二千名に及ぶ従業員は愛媛の別子や岩手の小坂など著名な鉱山へと散っていった。中でも800名を受け入れた釜石への転出が、航空戦へのシフトを象徴している。 |
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◆林道としては怪しいが廃道としては小春日和の道程 太平洋での制海権を失った今、制空権だけは阻止するという国家の意気込みが感じられるが、日本の主婦は薄々感付いていた。日本やべぇんじゃねーの?と。ある日突然寺の鐘は無くなるわ、兵隊さんに銅鍋を持っていかれるわ、そりゃどんなに鈍感な人間でも異変に気付きまさぁねぇ。 冷静に考えてみて欲しい。校庭で我が子が宙に向かって竹槍を突いている。何事かと聞けばそれでB−29を落とすのだという。 お前は馬鹿か! 出川先生のギャグのネタ元は戦時中にあったと僕は確信する。 |
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◆路肩の一部欠損も四輪の通過は許すプチ崩落ポイント B21なら竹槍で撤退出来るかも知れないが、どんな奇抜なアイデアを用いても竹槍でB29は落とせない。そげん事も分からんのかうちの子は?恐らく日本中のおばちゃん達は気付いていた。何かおかしくね?と。あの時代にSNSがあったら間違いなく世論に押され、戦争は短期で決着が付いている。 戦後賠償等で日本はアメリカのATMになったではあろうが、少なくとも終戦間際に集中する未曽有の大惨事は防げた可能性が高い。誰が好き好んで配給制を望むというのか?誰が好き好んで空襲警報に怯え慢性的な寝不足に悩まされねばならぬのか?誰が好き好んで核実験のモルモットになろうか? |
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◆二連のカーブミラーを備える巨大ヘアピンコーナー ここ静狩金山に於いても閉山は晴天の霹靂で、昨日まで掘削一辺倒だった金の産出をしなくて良しとする掌を返すかの如し大転換に、一体全体何を信じてよいのか分からず路頭に迷った者達も少なからずいたはず。釜石へ行こうが別子へ行こうが明日はどうなるか分からない。 事実戦時中は散々鬼畜米英を唱えていた先生方は、終戦後の新学期からアメリカの兵隊さんは飴やガムをくれる“いい人”と言い出し、その豹変ぶりに国家は信じられないと悟った田原総一郎少年が、朝までダラダラ討論を続けても大した答えが見出せない番組を、今でもダラダラ続けているのは周知の通りである。 |
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◆元国道とは思えないが林道としては及第点な道程 何が言いたいかというと、人は衝撃的な事案に接すると、その後ダラダラと何かを継続するという事だ。この僕がそれを見事に証明している。超の付く低空飛行で今この瞬間もダラダラと廃道探索を続けている。ただ継続は力なりとも言う。 礼文華山道に囚人が絡んでいる可能性を示唆出来るのも、ダラダラと廃道探究を続けてきた賜物で、十余年前の僕であれば間違いなく自己満足に終始していたであろう事を思えば、詳細な踏破記録を残せた事に一定の意義はあろう。 静狩峠22へ進む 静狩峠20へ戻る |