教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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静狩峠(19)

★★★★

静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書

その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。

 

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◆藪道の終わりから見た広大な鉱山跡地

鉄馬よ、あれが巴里の灯だ!

この十余年、何度この台詞を吐いた事か。務所暮らしの長い囚人がシャバに出た時のような感覚にも似た長いトンネルから抜け出た時のあの得も言われぬ高揚感は、何度味わっても代え難いものがある。(体験した事ねーけどね)

突破とか脱出に成功とかミッション成立と言ったら聞こえはいいが、実のところ助かった!という安堵感がいの一番にやってくる。情けない話だがもう戻らなくて済むとか、安全地帯の居心地の良さを存分に味わっている自分がいる。

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◆地上高100m超に及ぶ雛壇状の圧倒的な垂直壁

日常では安心・安全糞喰らえ!と吠えつつも、普段は鳴りを潜めている臆病な自分が容赦なく曝け出される恥ずかしい瞬間でもある。しかしあの魔娑斗でさえ試合後は二度とリングに立ちたくなかったという。殴り合いは痛いし怖い。しかし時間の経過と共にまたいつしか闘いたくなるのだという。

人は過去の怖い思いや嫌な経験を無意識に避けようとする。初めてトライした林道が藪だらけだったら怖い思い出になるだろう。その渦中でチェーンが外れるとか転倒した或いはガス欠になるなどのトラブルに見舞われたら、それこそトラウマとなり二度と来るかと敬遠したりもするだろう。

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◆大規模な運動場が成立する広大な敷地

全く同感である。ただ廃道だけはちょっと違う。脱出不能に陥る等の最悪の場面では豪く後悔する。そして脱出が確実と分かった瞬間でも、もう二度とやりたくないと思う自分がいる。ただ時間の経過と共に達成感が恐怖感を上回り、また同じ過ちを繰り返してしまうのは魔娑斗と同じだ。

廃道を単車帯同で抜け切るのは怖いし危ない。なんつっても一歩間違えば100kg超の無駄な御荷物を抱える羽目になる。普段は手足の如し忠実に動いてくれる相棒も、ガス欠となった途端に役に立たない単なる鉄の塊と化す。残念ながら鉄屑を引き摺ってまで廃道を踏破するMな趣味は持ち合わせてはいない。

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◆かつて2千名が暮らした鉱山町は嘘のように静まり返る

エンジン不調など無用の長物と化した瞬間に、現場に置き去りにするまでだ。単車はあくまでもツールであり、道路跡を立証する為の仕事道具の一つに過ぎない。長年苦楽を共にしたその相棒が今回もいい仕事をやってくれた。単車による静狩峠の完踏という金字塔を打ち立てたのだ。

この界隈を拠点に活動する地元ライダーならいざ知らず、未知なる物件それもアウェイでの一発勝負でこの成果は褒められていい。しかも礼文華山道のフィナーレにして車道の完全制覇&蝦夷三大難所の明治道もとい旧国道37号線の完全踏破であるからケチの付け様がない。

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◆鉱山跡地より先は現役林道宛らの良質な砂利道に変化

僕が大の字で地べたに横たわり安堵した現場は、とうの昔に活気を失って久しい鉱山の一角にあった。ちょっとしたベッドタウンが成立しそうな雛壇の敷地は、今でこそこうして般ピーの侵入を容易に許す無人地帯となっているが、かつては近付き難いオーラを発する伏魔殿のような存在であった。

砂埃をもうもうと巻き上げ絶えず往来するダンプの群れに、大いなる威圧感を感じながらも朝な夕なに突撃を試み、幾度となく家庭教師のトライを実践してみたものの、奥に待つであろう鉱山の核心部に迫る事は出来なかった。何故なら当時は警備員が常駐していたからだ。

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◆現役国道と高低差30m前後で併走する旧国道37号線

この奥の山には徳川埋蔵金が眠っているのではないか?そう疑いたくなるほどの鉄壁なガードによって跳ね返され、正面突破による入山を断念せざるを得ないという苦い思い出がある因縁の対決に、今回はあっさりと終止符が打たれると共に、その全貌が僕の眼前で露わとなった。

かつて分単位で忙しくダンプが行き交っていた現場に、あの当時の面影は微塵も感じられない。一体全体僕が見たあの光景は何だったのか?と自身の記憶を疑いたくなるほど一帯は静寂に包まれている。ある日忽然と住人が消え去ったゴーストタウンの様相を呈している。

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◆明治中期の新設時から変わらない噴火湾の眺望

この界隈に廃アパートの一つでも存在すれば、今頃は軍艦島や松尾鉱山のようにクローズアップされていたかも知れない。何故なら現場はかつて東洋一と謳われた鴻之舞に次ぐ採掘量を誇った日本屈指の金山跡地であるからだ。

地上高100m超に及ぶ柱状節理にも似た巨大垂直壁は、何十年の長期に亘り掘削された露天掘りの跡である。そこにはかつて2千人が暮らした鉱山町が存在し、不夜城と呼ばれる精錬所は昼夜を問わず人で溢れ返り活気に満ちていたという。

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