教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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静狩峠(17)

★★★★

静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書

その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。

 

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◆ズーム無しの人工的な法面との実距離は果てしなく遠い

帰還を装った死の行軍、それは八甲田雪中行軍遭難事故をも上回る山岳事故史上最悪の事故、いやこれは事件と言っても過言ではない。現場から東海林がお伝えしても何等違和感のない明治史に残る一大事件である。但しもしもそれが本当ならばの条件が付く。

繰り返すが中央道路開削部隊の全滅は、あくまでも一個人の主観による仮設に過ぎない。数多の生存者はいたかも知れないし、定説通り大方は無事に帰還した可能性は否定出来ない。しかし樺戸集治監の人員変動に千人規模の減員が生じている点を、我々はどのように解釈すれば良いのであろうか?

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◆タランチュラのような巨樹がヘナリワンに襲い掛かる

全国3千万の囚人ファンにとって欠かす事の出来ない樺戸監獄史話、通称赤どじょう本の中に記載されている収容人員の増減を示す一覧表に、どうにも違和感を禁じ得ない箇所がある。明治25年に2338名在籍していた囚人が、翌年には1497名の大幅減へと転じているのである。その数実に891名に上る。

大凡900名減となっているこの数字に、なぬっ!と思った勘の良い読者も少なくないだろう。1150名が投入され215名が死亡したとされる中央道路建設、その生存者数と酷似している点を見逃す訳にはいかない。道路建設に携わった者で生き残ったとされる数は935名。その差44名である。

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◆山菜取りのジジババと遭遇しても不思議でない浅藪道

この数字を誤差と見做すか否かはパイの大きさで決まろう。100名中の44名であれば約半数であるから、誤差の範疇を大きく超えている。しかし桁がひとつ違えば誤差の範囲と捉えられなくもない。事実1150という数字も215という人数も、正確ではないという現実がある。

即ち誤差が44に至らない可能性は十分有り得る話で、赤どじょう本の数字をそのまま当て嵌めても無茶ぶりでも何でもないのだ。集治監囚の放免について著者はこう語っている。

特赦・減刑は収監者にとって三段跳にまさる喜びである

と。

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◆安定した路面状況が続きゴールが近そうな予感がする

著書では明治天皇崩御の際の大赦で300名、明治30年の英照皇太后崩御による特赦の際の533名を“夥しい数”と表している。天皇家の継承に恩赦は付き物であるが、明治26年にそれらしき事案は見当たらない。更に言えってしまえば夥しい数を超越する特赦を与える要因そのものが存在しない。

一体全体千人規模の減員の理由は何なのか?その点について赤どじょう本は多くを語らない。ってか完全スルーしている。わざわざ放免について語っているにも拘らず、樺戸監獄史上最大減に転じている千人規模の恩赦の理由なり囚人の行方なりを何故本書は語らない?

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◆落差1.5mで路の前後が分断されている崩壊現場

あいや〜!

つ・つ・ついに壮絶な現場が目の前に現れた。道跡は完全に失われ、1.5m前後の落差が生じている。僕は思わず絶叫する。

空前絶後のぉ〜!

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◆崩壊現場の灌木の樹海を右往左往しながら擦り抜ける

でもなかった。しかし目立った倒木もない小春日和の藪道で、路盤そのものがごっそりと流失した現場のインパクトたるや半端ではない。しかもこれを機に旧道がズタズタに破壊されている可能性も否定出来ない。現場はまるで巨大地震の際に出現した断層の様相を呈している。

但し道路の前後で1.5mの高低差が生じているレベルには収まらず、決壊地点より先に道路の痕跡は微塵もない。あるのは灌木に遮られた低層の樹海のみである。その濃密さは半端なく足元の不安定さも相俟って、かつての線形を忠実にトレースするのはほぼ絶望的な状態だ。

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◆道路跡に重ならない雑木林に突貫で直線路を拵える

とりあえず安全確実と思われるコースを設定し、灌木の大海原を切り拓き単車一台分の空間を拵える。恐らく旧道跡はとうの昔に崩壊している。上流から押し流された倒木やら何やらがそれを如実に物語る。

旧道に取って代わった瓦礫の隙間に根付いた木々が、新たな森を形成し開削以前の太古の姿に還ろうとしている。僕は必至の形相でこの難関の突破を試みるも、一抹の不安を覚える崩壊現場の荒廃度合いに酷く怯え、いつになく武者震いがした。

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