教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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静狩峠(15)

★★★★

静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書

その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。

 

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◆草刈りを断念し藪漕ぎに転じた直線の下り坂

残暑厳しい炎天下での昼夜を問わない過酷な作業に始まり、朝晩の冷え込みが厳しい北海道内陸部の初秋を無休暇で労働に従事し、気付けば辺り一面は雪景色になっていた。晩秋になると中央道路建設も佳境に入り、年跨ぎが許されない上からの命令に看守の檄が飛ぶ。

夜は皆泥のように眠るが、暖房器具も無ければまともな寝具さえ用意されない最悪の環境下では疲れが取れるはずもなく、彼等の疲労は蓄積する一方であった。雨風が凌げる仮小屋はあるが、突貫で拵えた小屋は当然の如し隙間風全開で、辛うじて建物の体を保っているに過ぎない。

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◆木々の隙間に捉えた禿山は思った以上に近くて遠い

唯一の救いである必要にして十分な食料も、奥地へ拓けば拓くほど運搬に支障を来すようになり、終盤は満足な食事すら与えられなかった。厳冬期の作業は事実上不可能で、辺り一面が白銀の世界と化した時点で作業はストップせざるを得ない。但し壮大な実験を兼ねた中央道路建設に遅延の文字はない。

それ即ちあらゆる手段を講じて初冬までの完工が絶対条件である事を意味する。奥地へ入れば入るほど地形は険しさを増し、開削の難易度は高まる。また羆との遭遇率が高まる上に、平地よりも一足先に冬が訪れる。労働環境が悪化の一途を辿るのに、労働時間は増えノルマも厳しくなる一方だ。

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◆左90度に折れ曲がるカーブ付近は湿地帯と化している

恐らく工事に携わった誰もがギリギリのラインで持ち堪えていたに違いない。生きるか死ぬかの極限の状況下で、ただひたすら自由の身になる事だけを夢見て、歯を食い縛って酷役に堪えたのではなかろうか。そんな彼等の最後の砦が集治監での年越しと、その先に待つ恩赦であったろう。

集治監囚には新政府に逆らう思想犯も多数含まれるから、自身が携わる果てしない距離の車道建設が、北の大地で秘密裏に履行される国家プロジェクトである事くらいは誰もが承知している。その貢献度たるや並々ならぬものであるから、ゆくゆくは大赦にて解放されると期待してもおかしくはない。

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◆浅藪と引き換えに軟弱な路面にタイヤが滑りまくる

そういった明るい未来があればこそ人は頑張れるのであって、希望なきエンドレスワークほど酷なものはない。毎年3万人の自殺者を出す現代日本に蔓延るブラック企業で明るい未来は描き辛い。しかし遅延が許されない絶対的な工期と新政府に対する貢献度から、囚人の未来は必ずしも暗いものではなかった。

政府に囚人使役を進言した太政官大書記官金子堅太郎は、囚人の北の大地での定住促進を滲ませている。かの悪名高き北海道三県巡視復命書であるが、金子は三県時代の北海道の実情を知るにつれ嘆き憂いている。彼は彼なりに国の未来を見据え、国益に沿う独自の手法を編み出したに過ぎない。

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◆横這いにて路面が安定するも視界前方には藪塊が待つ

当初は囚人の“その後”についても一定の配慮があった。しかし二人三脚で拘束した上に、逃亡出来ないように鉄丸を足首に施錠し、衣食住に関しては満足なものを供与せず、それでいて人間の限界に挑戦するかの如し急ピッチで進める道路建設は、門外不出の国家プロジェクトとなってしまう。

非人道的な酷役は道路建設という名の人体実験と言っても過言ではない。かつて城の抜け道の施工に携わった者を一人残らず抹殺したように、中央道路建設に携わった囚人をこのまま生きて還す訳にはいかない。集治監囚には新政府に逆らう政治犯や国事犯が多数含まれるからシャバに出すなど有り得ない。

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◆元一級国道とは思えない本格的な山岳ダートの連続

では千人に上る囚人の処遇をどうするか?が悩みの種であるが、実は彼等の処分はそれほど難しくはない。囚人の九割超が何等かの疾患を抱えている。しかもそのまま放置すれば死に至る者も少なくないであろう。性も根も尽き果てた彼等は、恐らくというかほぼ間違いなく気力だけでもっている。

間もなく監舎に戻れるという期待値で何とか持ち堪えている。その希望を削いでやればいい。具体的にどうするのか?北見峠から監舎に向かって歩かせる、ただそれだけだ。彼等は逃亡を図った際に発見し易いように、赤い衣服一枚を身に纏っているに過ぎない。なので赤ん坊とか赤どじょうと揶揄される。

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◆視界前方に180度ターンを予感する巨大な山襞を捉える

二人一組二人三脚で重い鉄丸を鎖で繋がれた姿を見て、人は二匹のどじょうが戯れるようだと“赤どじょう”と呼んだ。唯でさえ歩き難い上に相方に不具合が生じればどうなるかは言わずもがな、しかも厳冬期の山中で昼夜を問わずの行進だ。

勿論中継点となっていた仮設小屋は全て焼き払われている。政府には帰還命令を出したという大義名分がある。しかしその実は誰一人生きては還さないという空気に支配された死の行軍が決行されたのではないかと僕は睨んでいる。

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