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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>廃道>北海道>静狩峠 |
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静狩峠(12) ★★★★ |
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静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書 その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。 |
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◆大型車がすっぽり収まりそうな急傾斜法面の浅藪区 聯隊長の怒号にも似た大号令が山中に木霊するとほぼ同時に、得体の知れない何者かが発するノイズの全てがピタリと鳴り止み、恐らく待ち受ける部隊の手の届く位置まで迫っていたであろう彷徨える一行は、氷が溶けて無くなる様にその場からス〜っと消えていったという。 明治35年のとある蒸し暑い夏の夜の怪現象である。このエピソードを信じるか信じないかは自由だが、興味深いのは隊長の放った靖国神社合祀の文言だ。恐らく英霊達はこの一言によって冷静を取り戻し鎮まったのではないか。だとしたら日本陸軍第8師団歩兵第5連隊の面々は恵まれている。 |
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◆丈1.5mの藪の大海に単車一台分の空間を確保する 何故なら八甲田遭難事件から遡る事11年前の北の大地では、地元の小さな神社にさえ祀られる事もなく、どこの誰かも分からぬ正体不明のまま、200名超に及ぶ人間が沿道の適当な場所に埋められたという現実があるからだ。後々手掛かりとなる卒塔婆等の類は一切無いままにだ。 中央道路建設に携わった者達は虫けら同然に扱われ、手当も無ければ労いの言葉すらない。動けなくなった時点で御払箱となる使い捨ての道具に過ぎない。一方軍人であれば残された家族への恩給もあろうし、地元ではちょっとした英雄扱いだ。しかも靖国神社に祀られるのだからこれ以上何を望もうか。 |
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◆緩やかな下り勾配で左方向に回り込んで行く山道 彷徨える一行にも何か訴えたい事情があるのだろう。しかし彼等とは比にならない邪険な扱いを受け、憤りを覚える非人道的な処遇で最期を迎えた集治監囚を考えた時、聯隊長が一喝した闇夜の一行の「見苦しい振舞」は、果たしていかがなものか?と問わざるを得ない。 恩給によって残された家族の行く末は安泰、地元では銅像が建立され村人から崇められる。更に自身は靖国神社に合祀され未来永劫英霊として祀られる。しかも“来たるべき戦役”は2年後現実のものとなり、軍の装備に一大改革が成された日本軍は、世界の下馬評を覆す圧倒的且つ一方的勝利を収める。 |
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◆ほぼほぼ直線なのに視界前方の様子が判然としない 第0次世界大戦とも称される帝国同士が総力戦で挑んだ大戦の圧勝劇は、厳冬の八甲田を舞台とする極寒訓練の上に成り立っていると言っても過言ではない。即ち彼等の功績無くして大戦の戦果は有り得ない。八甲田遭難事件は日本発展の礎となっている点に異論の余地はない。 もっと言えば後年高倉健主演で映画化され、国民のほぼ全てが歩兵第5連隊の功績を知るところとなっている。これに一体全体何の不満があるというのか?現代に於いても八甲田山付近で行軍の噂は絶えない。聯隊長の一喝で一旦は収束したかにみえた夜間行軍も、納得出来ないと再開されたのであろうか? |
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◆併走する在来国道の動きを足元の遥か下方に捉える 何だか聯隊長に言い包められた感がある。納得出来ねー。もしも夜間行軍の再開理由が処遇の不満にあるならば、いつ何時この山中で鎖を引き摺った白装束の一行を捉えたとしても何等不思議ではない。彼等の怨念たるや青森歩兵第5連隊の比ではない。何せ国家権力の非道に情状酌量の余地がないのだ。 囚囚トレインはあくまでも仮想列車に過ぎない。記録改ざんに証拠隠滅に丁稚上げに緘口令と何でもござれで真実は闇の中だ。だが明治27年に日の目を見た超の付く難コースの礼文華山道と、囚人使役最後の年がピタリと重なっている点を見逃す訳にはいかない。 |
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◆植物の侵食を免れた当時のままの状態に近い希少区 礼文華山道に於ける明治新道の起工は明治24年となっている。これを額面通りに受け取れば中央道路の完工年に重なる。道路建設に従事した囚人が久しぶりに監舎に戻り羽を伸ばした後、模範囚や恩赦などの形で次々と社会へ復帰して行く。理想を描くのは勝手だが世の中そんなに甘くはない。 修羅場と化した中央道路建設に従事した者達を、そのまま野放しにしたらどうなるか?を考えた時、残念ながら釈放という選択肢は有り得ない。彼等は必ずや復讐心に燃え国家権力に対し、或いは集治監職員、作業中に一切手を貸さなかった看守やその家族へ報復するだろう。 |
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◆絵的にはほとんど遭難しているに等しい激藪区 半沢直樹ばりの倍返しを恐れた時、口封じに走るのが妥当な選択であろう。だから作家の安部譲二氏は自著「囚人道路」の中で、道路建設に携わった者達は皆殺しの憂き目に遭ったと結論付けている。 それは元ヤクザとして数々の修羅場を潜り抜け、世の中の酸いも甘いも知る彼ならではの直感に因る部分も含まれているのかも知れないが、作家として現地で情報収集に奔走した際の想定外の結果という真実に因るところが大きい。 静狩峠13へ進む 静狩峠11へ戻る |