教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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静狩峠(7)

★★★★

静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書

その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。

 

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◆峠の茶屋があっても不思議でない広大な更地の頂上

山に近付くな、かつて静狩地区の大人達が口にしていた台詞とは裏腹に、だだっ広い解放感に満ちた巨大空間が僕の眼前に現れた。この光景は今に始まった事ではなく、その昔から今と同等のレベルにあったものと思われる。というのもこの十余年で現場に大きな変化はみられない。

初動時は新設林道の開削が進められている真最中で、元々四差路もしくは三叉路であった頂上が、五差路に改められている渦中であった。それが今ではすっかり辻が板に付き、始めから五差路であったかの如し様相を呈している。五差路とは進入路以外に四方向への進路がある事を意味する。

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◆新設林道111林班線から望む静狩峠の五差路

頂上に上り詰めるといの一番にY字状の無理なく進行可能な二方向の路が視界に飛び込んでくる。実はスムーズに前進可能な路は三本あるのだが、最も右寄りの路は境界線を跨がずに下りに転じているので、周回林道もしくは造林作業道の可能性が大とみて除外する。

そうすると二手に分かれる路のどちらかが本線という事になるが、経験値によって判断は大きく分かれるだろう。右の路は方向的に無理がなく、しかも今尚車両が行き来している感がある。但し頂上より稜線を伝う形で更なる高みを目指している点が割引材料となる。

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◆林道案内板等が並ぶ峠より派生する新設林道

一方左の路は一見するとおいでおいでしている様に映るが、進入した直後から浅藪が蔓延り、先の状況が有耶無耶となっていて素人には近付き難い圧迫感がある。その更に左には明後日の方向へターンする新設林道がある訳だが、流石にそれは無いと素人でも判断出来るはず。

しかし走り出しの僕はまんまとその罠に嵌まり、出来たてホヤホヤの新設林道へと迷い込んでしまう。理由はこうだ。右の路はまっとうな未舗装路ではあるが、延々と山中を彷徨っている感じで埒が明かない。また左の路はのっけから凄まじい藪で、100m進むのに四苦八苦する有様で道跡か否かも怪しい。

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◆進入路以外の四方向に延びる静狩峠五辻の全景

となると多少路の年式及び線形に違和感があっても、前進が可能な道をチョイスするのが適当で、当時の僕は迷わず開設中の林道へと足を踏み入れた。疑っていないと言ったら嘘になる。正直に言えばこれちゃうやろ?とほぼ確信めいたものがあった。しかし僕は新設林道への前進を躊躇わない。

何故か?最もそれらしき左右の路共に恐怖を感じたからだ。右の路は巨大迷路に嵌まった挙句迷子になるとかガス欠の脅威、左の路は激藪の渦中で陽が暮れる遭難リスク、それらが脳裏を掠めビビった僕は、最も安全に進行可能と踏んだ新設林道へと舵を切る。

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◆更地の直後においでおいでする大型車一台分の掘割

身の安全を第一に考えての判断であるが、その時の僕には更なる動機があった。それが峠道の攻略だ。今では物理的に踏破が不可能な案件は素直に諦める事が出来るが、その当時の僕は単車による峠道の完踏に拘るあまり、常人ではやらないようなかなりの無茶をしていた。

例えばオロフレ峠では車載工具でガードレールを外して無理矢理現道に脱出するとか、主寝坂峠では最後の最後につるべ落としで現役国道に飛び出すとか、矢ノ川峠では落橋現場に突貫で迂回路を造成するなど、ギリギリアウトのハチャメチャな行為を繰り返してきた。

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◆掘割の先は緩やかな右カーブで路は藪に包まれている

それもこれも単車による峠の完踏を完遂せんが為だ。峠道の完全攻略に拘るあまり手段は選ばない。その信条をそっくりそのまま静狩峠に当て嵌めれば、頂上に立った以上多少のコースアウトは無視してどうにかこうにか西側斜面を下りきれば、物理的に峠越えを果たした事になる。

最悪は道無き道の斜面で単車を引き摺り下す覚悟でいたが、結果は呆気なく静狩市街地へと抜け出るという肩透かしを喰らう。道中はほとんど無傷、しかも正味15分程度の俊足で駆け抜けるという早業で、キツネに抓まれたかのような不思議な感覚は、十余年経た今でもはっきりと覚えている。

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◆下りに転じる藪道より静狩峠の掘割を振り返る

その不可思議体験には僕以外の生き証人がいて、同行者は僕と共に静狩峠を越えた事案をおぼろげながら覚えている。確かに当時の僕等は静狩越えを果たした。しかしその経路は旧国道筋とは似て非なる全くの別路線であった。

静狩峠にはダミー路線が実在する。その入口には111林班線と掲げられ、今この瞬間も情弱ライダーにダミートラップを仕掛けている。恐らく静狩峠完踏の悦に入る壮大な勘違いをしたライダー&チャリダーは少なからず存在する。

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