|
教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
|
|
トップ>廃道>北海道>静狩峠 |
|
|
静狩峠(2) ★★★★ |
|
|
静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書 その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。 |
|
|
|
◆トンネルを抜けた直後の巨大な掘割が下り坂の合図 長いトンネルを抜けると激坂であった。川端康成も追手から逃れるチャリダーであれば、間違いなくその下りで小説が始まっていたであろうシチュエーションで、出口より長い長い下り坂が始まる。勢い付いた自転車はそう簡単には止まらない。もう左端を遠慮気味に走る必要は無いのだ。 背後の追手もここからはブレーキを駆使した自身の制御で精一杯で、いつまでもトムとジェリーをやっている場合でない事に気付く。普段は重荷でしかない前後のサイドバックもこの時ばかりは加速に貢献し、自制する四輪とは一定の距離を保ちながらの下山となる。 |
|
|
◆道中に乱立する警戒標識が事故の多さを物語る 下り坂の無理な追越が禁物なのは、運転に長けた者なら百も承知だ。唯でさえ勾配のきつい長丁場の急坂で、且つ直線区間が無いに等しいカーブの連続であるから、追越禁止のセンターラインは勿論、場所によっては中央分離帯まで加わり、この峠を行き来する全ての車両に徹底した注意喚起が成される。 嵐の日は同じ穴蔵で熊が鹿を襲わないように、交通強者と弱者は一時休戦状態で下界へと滑り降りる。ここでは嵐が去るまでじっと我慢するのが暗黙の了解だ。足並みを乱し事故でも起こせば直ちに大動脈は滞り、迂回路のない閉鎖空間でドライバーは孤立状態を余儀なくされる。 |
|
|
◆ドライバーの逸る気持ちを落ち着かせるスーパービュー 道道266号線との交点を過ぎると、峠下の静狩地区まで基本的に逃げ道は無い。正確を期せば在来国道と旧道を結ぶ作業道があるにはあるが、徒歩での移動しか許さないほぼほぼ自然に還った藪道であるから、峠区は逃げ場のない事実上の閉鎖空間と化す。 その道中からは内浦湾に面した静狩の平野部が見え隠れし、刻一刻と着地点が近付いている様子を我々に伝えてくれる。ゴールは近い、不毛な闘いは避けよ。この絵画の如し壮大な絵面こそが、逸るドライバーの気持ちを抑える鎮静剤となっている。この直後に待つ大曲も大いなる抑止力を発揮する。 |
|
|
◆盛り土で嵩上げされた曲率半径100mの超巨大ヘアピン 惜しくも2016年の流行語大賞を逃した盛り土。雛壇状で嵩上げされたヘアピンカーブはTHE盛り土と言った壮観な舞台で、四車線幅に中央分離帯を配した余裕ある二車線は贅沢な仕様だ。曲率半径100mに及ぶ超巨大ヘアピンには、二段目に一時代前の痕跡が認められる。 これを見る限り開通当初の峠道は今よりも厳しいコーナーで、且つ勾配もきつかった様子が窺える。幅員も隧道に準ずる規格であったろうから、相互通行が叶ったとは言え手放しで喜べる仕様ではなかったのは明白だ。新道の開通は確かに時短には貢献した。がしかし同時に新たな問題も引き起こした。 |
|
|
◆背後の鉱山を通過する旧道と30mの高低差で併走 それがスピード超過による事故だ。下山途中の背後に鉱山らしき岩肌が露出した垂直壁が認められる。新道開通以前は鉱山付近の山中を彷徨う本格的な山岳路で、対向車をやり過ごすのも一苦労の酷道であった。それがある日突然ハイウェイのような快走路に置き換わるのである。 そりゃドライバーも大はしゃぎしまさぁねぇ。幅員も一車線からオール二車線へと拡がり、路面は未舗装から全線アスファルト舗装に切り替わるのだから、道南自動車道の開通で沸き立った際の何倍もの歓喜に包まれ、地元はお祭り騒ぎでフィーバーしたであろう事は想像に難くない。 |
|
|
◆新旧道が十字で交わる見通しの利く長い直線区間 駄馬の背に揺られ喘ぎながら峠を越えたイザベラ女史の通過から苦節90年の節目に、見事なまでの快走路へと昇華したのだ。厳冬期を除けば僅か10分程度で峠道を走破出来てしまう現実に、施工者は静狩の難所を克服したと高らかと勝利宣言を発したとしても何等不思議でない。 確かに国道の名に恥じない完成度を誇る高規格路は、一夜にして交通量が倍加し名実共に幹線の仲間入りを果たす。しかしその日は新たな交通戦争の始まりの日でもあった。スピードの出し過ぎによる事故が多発し、峠道を行き来するドライバーに自制を求める必要に迫られたのだ。 |
|
|
◆完全な平地への着地点となるチェーン装着場の膨らみ 高速移動が謳い文句の高規格道路が仇となり、低速走行を促す笑い話にもならない喜劇みたいな結果に、現場に携わった人間は愕然としたに違いない。しかしそれは過信から来る壮大な勘違いに過ぎない。 確かに静狩峠は隧道を筆頭とする新設路で新しい時代を迎える。但しそれは昭和40年現在の最新式設備であって、それが完成形と思ったら大間違いだ。ようやく近代道路の足掛かりを掴んだ終わりの始まりという見方が賢明であろう。 静狩峠3へ進む 静狩峠1へ戻る |