教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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静狩峠(1)

★★★★

静狩峠(しずかりとうげ)の取扱説明書

その昔、猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられた礼文華山道。その行程は長万部から豊浦にかけての気が遠くなる程の長大山道で、一般には筆頭格と目される礼文華峠のみが取り沙汰されるが、礼文華山道とは大小連なる複数の峠の総称であり、その全体像を掴むには個々の峠を丁寧に精査するしかない。それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、僕が本気で死を意識し一枚の写真も収められなかった峠がある。それが静狩峠だ。読んで字の如しサイレントハンターはトラップに嵌まり衰弱する僕を静かに見守っていた。夕刻迫る発狂寸前の渦中でふと我に返った僕は、間髪入れずに敵前逃亡を図る。あれから十余年が経ち機は熟した。あの日あの時あの瞬間の忌まわしい借りを返すと同時に、返す刀で礼文華山道の全貌を白日の下に晒す。

 

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◆起点となる道道266号大成黒松内停車場線との交点

静狩峠と聞いてピンと来る者は、道の内外を問わずあまり多くはない。そこには特殊な地形が大きく影響している。この峠を行き来するドライバー&ライダーは、静狩峠をひとつの峠として正しく認識する事は限りなく困難であろう。何故なら典型的なへの字型をしているからだ。分かり易く言うと片峠である。

礼文華峠と静狩峠の連続する二つの峠を隔てるのは道道266号大成黒松内停車場線で、文字通りこの路線は函館本線の黒松内駅へと通じている。総延長は大凡20kmで国道5号線との交点以外に信号機の無い二車線の快走路であるから、ぶっ飛ばせば20分で走破出来る計算だ。

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◆T字の交点を過ぎると高低差ゼロの横這いで山塊に迫る

国道5号線と国道37号線を繋ぐ道道266号線沿いの人家は疎らで、国道37号線寄りの大成地区に限ればぶっちゃけ人家は皆無に等しい。牧場のような湿地帯のような平地が道路の両脇に広がるも十勝のような広大な更地ではなく、路の両側の100m前後に山壁が迫る閉鎖空間にある。

細長い廊下のような狭い谷間には年がら年中濃霧が立ち込め、快晴での走行を望む我々の思い通りにはいかない。それもこれも内浦湾は礼文華の急崖で発生した身に纏わり付くような濃い霧が頻繁に発生し、昼尚ヘッドライトの点灯が欠かせないドライバー泣かせの劣悪な環境のせいだ。

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◆低山の斜面にぽっかりと口を開ける小さな古いトンネル

それを嫌ってか住民は一人減り二人減りと人口減少は止まる事を知らず、今日現在の大成地区は15世帯31人の典型的な消滅集落予備軍で、黙っていればこの先も人口が増える見込みはない。この極小人口を如実に反映しているのが国道37号線と道道266号線の交点だ。

二車線の快走路同士が交わるT字の交差点に信号機は備わらない。そればかりか国道と道道の交点にも拘らず人家のひとつも見当たらない。そこがこれより挑む静狩峠の起点にして峠下であるのだが、現場には人の気配がまるで無い。ただただ釧路湿原のような無人の荒野が広がるばかりである。

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◆絶滅危惧種に指定される昭和中期製の旧規格の隧道

コンビニを設置しろとまでは言わないが、昔ながらの雑貨屋や商店があってもいいではないか。その痕跡すら窺えないT字路は何とも不可解で、静狩と礼文華の峠を二分する分水嶺にしては余りにも素っ気なさ過ぎる。本来であれば茶屋跡とか潰れたドライブインがあって然るべき場所である。

白昼は多くの車両が行き交い喧騒に満ちている。交通量だけで言えばここで営業出来なくはない。前後のコンビニが長万部と豊浦である点を踏まえれば、濃霧の中で燦々と輝くセイコーマートのあのオレンジのネオンは、見よ!あれが巴里の灯だのリンドバーグ状態で全ドライバーのオアシスとなろう。

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◆歩道が備わらない延長400mの一時代前の最新式隧道

国道沿いとはいえ土地代は二束三文であろうから、大型トラックを収容可能な大規模駐車場を完備すれば道の駅並みの一大拠点となろう。しかし誰一人それを実行に移す者はいなかったようだし、過去に一時期でも営業していた者がいたかは甚だ疑問だ。国道と道道の交点には本当に悲しくなるほど何も無い。

その交点からほぼ横這いに西進すると、程無くして小さなトンネルが視界に飛び込んでくる。これが事実上の峠の東側となるのだが、起点から坑口に至る過程で高度を稼いだ感はまるでない。それは自転車とて同じで高低差はほぼほぼゼロに近いのが実情だ。これが峠と認識し辛い最大の要因となっている。

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◆今日現在も騙し騙し供用する狭い断面の50年選手

T字路よりキコキコ漕いできたチャリダーは、いつ登りに転じるのかと一抹の不安を覚える。しかし目の前には呆気なく静狩隧道のポータルが現れ面食らう。側道は人一人の通行がやっとの狭隘路で、いかにも点検用といった歩道は通行者の事を全く考慮していない。

歩き旅やヒッチハイク専門の徒歩ダーは辛うじて難を逃れられるが、前後輪共にサイドバックを装着したチャリダーは車道を走るしかない。長らく曖昧だった自転車組に基本車道を走れの鉄拳制裁が下ったのは最近の事であるが、ここ静狩峠では有無を言わさぬ強制車道走行が慣習となっていた。

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◆いつ旧道化しても不思議でない片勾配の峠道

それもこれも高度経済成長期に建設された歩行者を考慮しない仕様のせいで、車両同士の洞内相互通行という目的が果たされさえすれば良かった一時代前の大人の事情の副作用により、この峠で泣かされたチャリダーや原チャは数知れない。

静狩隧道被害者の会を設立してもおかしくない数に上るが、奇跡的に背後から迫り来る車両の魔の手から逃れた者も少なからず存在する。出口までに後続車に捕まらなければ逃げ切れる可能性は大いに有り得る。何故ならトンネル出口から始まるジェットコースターの如し激坂が交通弱者の追い風となるからだ。

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