教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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礼文華峠(14)

★★★★

礼文華峠(れぶんげとうげ)の取扱説明書

猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられる礼文華山道。長万部から豊浦にかけて大小連なる複数の峠の総称で、それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、筆頭格にして総大将と目されるのが礼文華峠である。かつては死を意識するほどの恐ろしく逝かれた山道であったが、歴史道として再認識されて以降整備が著しく、今では尤も探訪し易い楽勝コースと化している。それが良いのか悪いのかは人それぞれであるが、存在自体がほぼ否定されたに等しい完全廃道時代から、有志による刈り払いが実施された浅藪時代を経て、ハイキングコース化した現在に至るまで武四郎宜しく向こう三度に亘り路の変遷を垣間見た僕なりの視点で、この峠の酸いも甘いも語り尽くす。

 

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◆ヘアピンカーブ直後もそこそこの勾配で駆け上がる

現状の山道は林道愛好家が泣いて喜ぶ砂利道天国と化している。通り抜け不可のマイナスポイントを差し引いても、トリッキーなコースがそこそこの満足感を与えるに違いない。頂上までノンストップで走り切りホットコーヒー片手に一服出来たら、充実したアニバーサリーとなろう。

尤も単車の場合は今も昔も理的に擦り抜けが叶う為、四輪以上の達成感が得られるのは確実である。しかしそんな芸当が叶姉妹となったのはここ数年の話で、僕が初トライした十余年前の山道は、三叉路から生死を意識せざるを得ない藪道として廃道然としていた。

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◆手の行き届いたハイキングコースの様相を呈す旧国道

行けるものなら行ってみろ、管理者は手を煩わす事無く侵入者の排除に成功していた。その確率はほぼ100%で、事実僕の視界には唯の一度も先行者の轍は映らない。先駆者の足跡は安心材料となる。従って挑戦者は藪を掻き分けながら何等かの痕跡を見出そうとする。

しかし藪密度が凄まじく足元の様子が判然としない。よくよく考えてみれば当山道に人の往来があるならば、モーゼの十戒の如し藪壁が二つに割れているはずである。歩行者が行き来するだけでも獣道以上の通路が出現し、それが定期的或いは一度に複数人が移動するだけで、そこそこの踏分道が現れる。

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◆離合箇所も兼ねた曲率半径10m前後の第五ヘアピン

なのに現場にはそれらしき痕跡が一切見当たらない。今こうして第五ヘアピンの全貌が具に捉えられるのも、激藪を粉砕し定期的な草刈りや砂利を継ぎ足す等のメンテナンスを施し、日常的な管理が徹底されているからに他ならない。それを少しでも怠ればあっと言う間に元の状態に戻ってしまう。

しかし当面の間はその心配は無さそうだ。ミスターは語る、町を挙げて小幌駅&礼文華山道のPRに取り組んでいる最中で、予算の都合にもよるが山道の維持に努めるのは勿論の事、車道以前の古道の復元にも力を入れているのだと。車道以前の古道、それは徒歩通行時代の最古の峠道に他ならない。

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◆第五ヘアピン付近は伐採済で解放感に溢れる

複数のヘアピンカーブによる九十九折は車両を通す為の設計で、無駄に距離を稼ぐ道程は徒歩移動には適さない。斜面を直線的に上り詰めるのが最適解で、当然その経路は直線に近いものになる。となると古道と車道がどこかで交錯しても不思議でない。実際に両者は道中幾度となく交差を繰り返す。

荒れるに任せた激藪時代は古道を意識するしない以前の問題で、車道の存在自体が不確かなものであったから、そこに意識が及ぶ事は無かった。実際問題としてその頃の古道は藪に没し、道筋そのものを捉えられなかったであろうし、仮に承知していたとしてもそれどころではない。

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◆第五ヘアピン以降幅員に余裕が無い3m幅になる

生還出来るのか否かも定かでない密林の秘奥で、古道はどこかしら?などと辺りを見回している余裕などない。そもそも藪を掻き分け前進するのに滝のような汗を流す渦中では、旧国道の状況さえ把握する精神的余裕は皆無である。それが今では普通車でも行き来可能な小春日和の道程と化している。

土砂崩れの跡や倒木一つないこの状況に持って来るまで、関係者の並々ならぬ努力があったのは言うまでもない。我々は自然とこのような道路が成立しているかのように思いがちだが、放っておいてこのような快適な路は成立し得ない。人の手が介在しない限り必ず元の森に還る。

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◆幅員が狭く見通しも利かず辺りは鬱蒼としている

僕が阿鼻叫喚したあの頃を維持しているだけでも褒められていいが、現実に今日現在の山道はそれを遥かに上回る好条件にある。これは町を挙げて礼文華山道を観光名所にしようとする本気度の現れと思って間違いない。事実豊浦町は小幌駅の廃止取消にも成功している。

ジジババの呼び水となる古道の起点は豊浦森林公園内にあり、車道の起点となる三叉路とは一線を画す。出発点はいきなり階段で始まる狭隘路で、人一人の通行がやっとの小径は江戸時代宛らの旧態依然とした山道の様子を今に伝えている。観光客の目当ては自身の足だけが頼りの最古の路である。

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◆単車と普通車の擦れ違いが厳しい狭隘区間が続く

一部が旧国道と重なるので幅広道を横這いに歩く区間もあるが、基本的には歩き難い登山道のような小径が舞台となる。ギブしても旧国道経由に切り替るとか送迎車がスタンバっているなど、十分なバックアップ体制が整い難易度は高くない。

僕の知っている過酷な道程はすっかり過去のものとなっている。イベントがなくとも日常的に誰彼か訪れる良質なハイキングコースと化している。それはイレギュラーではない。半世紀前まで車両が行き交うシーンは日常の一コマであったのだ。

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