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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>北海道>礼文華峠 |
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礼文華峠(5) ★★★★ |
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礼文華峠(れぶんげとうげ)の取扱説明書 猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられる礼文華山道。長万部から豊浦にかけて大小連なる複数の峠の総称で、それぞれが距離も高低差も難易度も異なる多様性に富む峠越えの中で、筆頭格にして総大将と目されるのが礼文華峠である。かつては死を意識するほどの恐ろしく逝かれた山道であったが、歴史道として再認識されて以降整備が著しく、今では尤も探訪し易い楽勝コースと化している。それが良いのか悪いのかは人それぞれであるが、存在自体がほぼ否定されたに等しい完全廃道時代から、有志による刈り払いが実施された浅藪時代を経て、ハイキングコース化した現在に至るまで武四郎宜しく向こう三度に亘り路の変遷を垣間見た僕なりの視点で、この峠の酸いも甘いも語り尽くす。 |
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◆覆洞とX状で向かい合う未舗装の昭和新道 近年の道路事情しか知らない我々現代人にとっては奇異に映るが、高度経済成長期の時分はゼロベースで敷設した新道であっても、未舗装で暫定供用開始というのが常であった。まだ国道1号線すら全線舗装化が完了しておらず、市街地優先の政策から当然の帰結である。 新設道路で舗装済というのは高速道路と一部の有料道路くらいのもので、物事の優先順位として峠道が後回しになるのは必至だ。機材も資材も人員も足りていないというのが実情で、そこに早期開業という圧力が加わるから、暫定開通というのは云わば必然であったと言える。 |
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◆電柱の位置は当時のままで二代目の軌跡を示す とりあえず民に楽チンを味あわせておけば、早期開業を願う利用者の見えない圧力から解放される。その後順次工区毎に舗装化を推し進めれば良し。予算が無い、優先順位がある、札幌圏の全線舗装化未完につき時期尚早、云い訳はいくらでもある。舗装化は交通量を見ながら適切なタイミングで。 こうして引っ張れ〜なダラダラ工事は始まった。これが今に通じる礼文華ヒットパレード誕生秘話である。確かに利用者目線からは文句の一つも出まい。何故なら実用上欠けているのは舗装くらいのもので、他はケチの付け様がないくらい高次元の峠道に刷新されているからだ。 |
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◆直線化した現道に一部を取られ幅員が一時的に狭まる 考えてもみて欲しい。対向車と八合う度にどちらかが待避所まで後退し、常に対向車を意識しなければならないストレスに加え、スムーズに越えたとしても峠一つで30分以上を要する悪路が、たったの10分それも対向車を意識しないストレスフリーの快走路であるから笑いが止まらない。 足元が未舗装といってもマカダム舗装に近いロードローラーで踏み固められた路であるから、在来国道に比べ走り易さこの上ない。直ちに舗装化を訴える声が上がったのではないかと思うのは、舗装率が九割を超える現代に生きる我々の目線であって、当時は未舗装でも十分な満足感が得られたに違いない。 |
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◆狭隘区を経て再び二車線幅を回復する昭和新道 札幌圏を筆頭に市街地から順次舗装化が成される発展途上にあって、峠道の改良を優先せよなどとは誰も言えまい。アスファルトが引っ剥がされた二代目はまさにその時代のもので、昭和40年代に蓋をされた路面が凡そ半世紀ぶりに燦々と降り注ぐ陽の光を浴びたのだ。 覆洞の側道は保守点検用の一車線分のみが刈り払われ、もう一車線は激藪に没している。その為パッと見は一車線にしか見えない。しかしX状の斜め向かいにある資材置き場は、二車線+αのフル規格になっている。この間接的物証が美乃・岩谷の両覆洞の旧道もフル規格であった事を物語る。 |
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◆資材置き場として二次利用される昭和新道 二代目の昭和新道は存在そのものが否定されかねないほどアスファルトは綺麗さっぱり剥ぎ取られ、始めから資材置き場であったかの様相を呈す。旧道を意識しなければ誰もそこを元車道と疑いはしないだろう。それくらい現場はすっかり様変わりしている。ゲートが置かれているので私有地である可能性が高い。 不必要となった旧道はそのまま放置され廃道となるか、民間に払い下げられ二次利用されるかだが、現場は後者でドライブインの出店があってもおかしくない面積を有している。仕入値は二束三文であろうから後々どうにでもなるし、固定資産税も微々たるもので藪に没したまましばらく寝かせておいてもいい。 |
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◆ペンペン草が生え単なる更地と化している昭和新道 二代目は資材置き場として有効活用されている一方で、何にも転用されぬまま単なる更地として化している箇所もある。どこもかしこもアスファルトが剥ぎ取られ、かつて大量の車両を捌いていた昭和新道の面影はどこにもない。軌跡にあるのはペンペン草が生えた広大な更地のみである。 パッと見そこは道路でも何でもないし、例え過去の航空写真等から道路跡と割り出したにしても、あるはずの舗装路が見当たらないのだから恐らく実感が湧かないであろう。しかし僕にはかつての道跡が鮮明に見えている。何故か?まだ走り出しの頃に二代目を踏襲しているからだ。 |
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◆二代目の軌跡は唐突に樹林地帯に行く手を阻まれる 広大な更地はある地点で唐突に途切れ、密度の濃い樹林地帯に行く手を阻まれる。それがアスファルトを引っ剥がした路面に意図的に植樹された紛れもない人工林である事を僕は知っている。あの時はまだ植樹前で更なる前進が叶った。 しかしあれから十余年を経た今、二代目はすっかり自然に帰化している。辺り一帯を取り囲む森と完全に同化しており、徒歩移動でも難儀する密林状態にある。この先に初代礼文隧道が待つのだが、現場はおいそれと近付けるような状況にない。 礼文華峠6へ進む 礼文華峠4へ戻る |