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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>北海道>チャシ峠 |
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チャシ峠(7) ★★★★ |
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チャシ峠(ちゃしとうげ)の取扱説明書 猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられる礼文華山道。その完全制覇を試みるにあたり外せない区間がある。それがチャシ峠だ。恐らくドライバーの十中八九は現場が峠越えである事実に気付いている。しかしそこに峠名を配した地図は皆無に等しく、その他諸々の書物に於いても完全スルーを決めている為、一般にチャシ峠が公然と語れる事は無い。しかしこの峠抜きに礼文華山道は語れない。道路・鉄道共に難所の痕跡は随所に垣間見られ、長大山道の一角を成す難コースという現実を認めざるを得ない。現場は一時代前の北海道の道路事情を今に伝える格好の舞台で、礼文華峠と大岸峠の中継ぎというよりもチャシ峠そのものが主役級の逸材で、この報告書によって我々はチャシ峠がけして脇役でない事を強く意識するだろう。 |
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◆カムイチャシトンネルよりチャストンネルを捉える 現道の茶津橋から正面を見据えると、行く手にはもう一つのトンネルが待ち構えている。カムイチャシトンネルと向かい合うもう一つのトンネルは、ほぼほぼ同一線上に位置し曲がる事を知らない。一時代前の道路もこうであれば良かったのに、そう思うがそれは逆立ちしたって叶わぬ儚い夢であった。 何故なら現在の道道はかつての室蘭本線の上に成り立っているからだ。現道の右手には築堤による高台にレールが敷設されている。だがその昔は波打ち際に近い国道に隣接する形で汽車が走っていたという。地元生え抜きの定年前後の世代の多くはその時代の事を良く覚えている。 |
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◆ほぼ直線的に向かい合う二つのトンネル 今の道道は昔の線路跡さ、そう言われると二つのトンネルが全くと言っていいほどブレずに向かい合うのも頷ける。障害物と障害物の間を真一文字に駆け抜けるのは鉄路を踏襲したからだ。勿論鉄道時代の隧道は影も形もない。御覧の通り三車線幅を有する巨大なトンネルに造り替えられてしまった。 鉄道ファンには申し訳ないが道路が鉄道遺構を呑み込んでしまったのだ。人様の畑を荒らし取り返しの付かない事をしてしまったのは重々承知しているが、その御蔭で国道時代の旧トンネルは破壊の難を免れ、今もこうして見届ける事が叶うのは、室蘭本線の旧隧道の尊い犠牲の上に成り立っているからだ。 |
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◆竣工年も構造もほぼ同一のチャストンネル 逆の立場になればバカヤローとなるから、鉄道ファンの怒りは真摯に受け止めねばなるまい。ただ言い訳をすれば全ての鉄道遺構を食い潰した訳ではない。この先に手付かずのまま残される鉄道隧道が存在する。けして道路業界関係者も無慈悲な破壊を繰り返した訳ではないのだ。 二番目の隧道の扁額にはチャストンネルと掲げられている。鉄道隧道の上書きと知ると若干白けるも、鉄道と道路の二つのDNAを持つキメラ洞と思えば興味が沸かなくもない。かつてはこの穴を陸蒸気が駆け抜けていたと思うと、それはそれで感慨深いものがある。 |
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◆カムイチャシトンネル以上の断崖が立ちはだかる そしてこのチャストンネルであるが、西側坑口を抜け出て背後を振り向いた僕はしばし言葉を失う。そこにはカムイチャシと同等かそれ以上の難所が立ちはだかり、ほぼ垂直に等しい絶壁は船越氏の緊急来道があっても不思議でない急崖で、クライマーが泣いて喜びそうな絶壁が悠然と構える姿に絶句する。 これどうやって登るん?カムイチャシでも取り付く島がないと言ったが、こっちの方が更に取り付く島がない・ない・ナイ・ナイ・ナイ あい・わな チャシとチャシとチャシとPOPなベイベー チャスとチャスとチャスとHAPPYなピーポー♪ |
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◆海側の二車線が旧国道で山側の二車線が旧室蘭本線 キミノコエヲキカセテー サア ハーケン打ってミナーイ タノシイコトハジメヨウ 遊びたい ぜったい とぅ たいっ!たいっ!たいっ! あい・わな チャシとチャシとチャシとPOPなベイベー♪ 想定外の展開で若干取り乱し、じょいふる状態に陥ってしまったがお気付きであろうか?むやみやたらに絶壁に楔を打ってはいけないというのは置いといて、二つのトンネルに冠されたチャスとチャシの違いに。アイヌ語でチャシは砦を意味する。ではチャスとは何ぞや?正解は“走る”である。 |
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◆希少な道路付帯設備である錆び錆びのデリネーター 第一障害となる岩塊は正真正銘の砦で、丘先式との結論まで出ている完璧な史蹟だ。一方第二障害にはこれと言ったアナウンスが見当たらない。案内板は第二障害について全くと言っていいほど触れていない。鉄道と道路の二つのトンネルがあるのにだ。当たり前だ、“走る”に史蹟も糞もないからだ。 チャシは考古学的な調査対象となったが、チャスは残念ながら専門家の興味の的に成り得なかった。悲しいかなチャスは完全スルーされ、やまだかつてスポットライトを浴びた例がない。しかしその残念無念さも今日までだ。アイヌが込めたチャスの意味、それはズバリ“走り抜ける”であると僕は読み解く。 |
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◆チャストンネルの脇を掠め旧道は岩塊へと突き進む 潮が引いたタイミングを見計らって素早く走り抜ける、そうすれば難所を克服出来る。そのような意味を持っていたのではないか。あの壁を攀じ登るのは現実的ではない。だとすれば古来アイヌは第二障害の活路を海岸伝いに見出したのではないか。 海に向かって大きく迫り出す第一障害に比べ、第二障害は小さな瘤程度に収まっている。海際でも何とかなりそうな感じだ。交通史的観点からはチャシよりもチャスの方が興味深く、誰もが無関心であるからこそ秘めたポテンシャルを引き出したい。 チャシ峠8へ進む チャシ峠6へ戻る |