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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>廃道>北海道>大岸峠 |
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大岸峠(24) ★★★★★ |
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大岸峠(おふけしとうげ)の取扱説明書 北海道新幹線開業のニュースが世間の耳目を集めているが、JR北海道が入念な最終チェックをしている時分に、僕は最初で最後の一大プロジェクトに取り組んでいた。猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられる礼文華山道の完全制覇である。単車による走破、それも豊浦から長万部まで全て旧道を伝い、しかも半日で一気に駆け抜けるという壮大且つ無謀な試みで、計画の段階で大岸⇔豊浦間が最大の懸案事項と目された。海のものとも山のものとも分からぬ未踏区は、難易度は高いが攻略出来なくはない。出足平峠・豊浜洞・湯内峠の長大山道以来の大長編スペクタクル第一弾、オフケシ峠の衝撃・今宵解禁。尚今度こそR8での峠越えを立証すべく最善を尽くす。下町ロケットアウディ計画トラストミー編、始まります。 |
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◆未舗装路から舗装路へと切り替わるかつての踏切跡 キャー!それ以上は言わないで〜 これ以上混乱させて私にどうしろと?豊泉駅だぁ?聞いた事ないよそんなの。そりゃそうだ、北海道鉄道史上たった8年しか供用されなかった幻の駅舎なのだから。敢えて鉄道に深入りしないと決めているから知る由もない。 予備知識でもあればフ〜ンくらいで済んだのかも知れないが、無防備な状態それも疲労困憊で迎えた五差路が、実は鉄道跡と平面交差する踏切跡であっただなんて余りにも刺激が強過ぎる。しかも単なる貨物線ではないというから驚きだ。 |
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◆舗装路の有効幅は4mだが実幅は5mに及ぶ 現在の室蘭本線は限りなく海に近い所を長いトンネルで抜けていますが、その昔は内陸部を回り込むようにして遠回りしていました。旧線の経路は勾配が10%に及ぶ為、スイッチバックで克服したのです。戦後には解消されるのですが、その名残である豊泉信号所が豊泉駅として一時期利用され、最盛期は一日数十名に及ぶ乗降が記録されています。その後トンネル掘削技術の向上により、現在の経路へと切り替えられました。昭和43年の事です。 |
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◆旧国道と言われなければ市町村道にしか見えない 豊泉駅/昭和35年〜同43年 しかしまあ有る事有る事ようしゃべるわね。予備知識がないので話についていけません。しかも楽しそうに活き活きと鉄道史のみならず道路史まで雄弁に語り、流るるように溢るるように次から次へとエピソードが出て来る点が実に腹立たしい。 流石ミスター礼文華山道と呼ばれるだけの事はある。何を隠そうこの人物こそが僕にあらん限りの入れ知恵した上に、悪戦苦闘の末に踏破した山道の真の名称を教えてくれたドランクモンキー酔拳の赤鼻の師匠的存在で、今は名前は言えねー。 |
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◆数軒ではあるが沿道には人家が建ち並んでいる 兎にも角にもミスターは彗星の如し僕の目の前に現れ、僕のあらゆる思い込みや勘違いを正しに正した。その矯正効果は凄まじく大曲でゴリ押ししようとする僕の思惑を一蹴し、返す刀でオフケシ峠と念仏の如し耳元で唱え始めた。船場吉兆の囁き女将以来の衝撃であったが、どうやら完全に刷り込まれたようだ。 間もなくゴールを迎えんとする場面でジェットコースターの如し急展開について行くのがやっとだが、ミスター曰く僕の辿ってきた山道が現国道が成立する以前の路、即ち旧国道であるのはほぼ確実であろうとの事。よってゴールはまだ先だが、この時点で僕は声を大にして言いたい。超絶廃道の正体、それは |
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◆旧道沿いに佇む物証のひとつである豊浦公民館 国道37号線旧道の軌跡である! 状況証拠はある程度揃っている。現在の路に代わる代替路が他に見当たらない事。山道が東西に貫通している事。高速道路と併走している事。加え旧室蘭本線とも併走している。それらの事実が一つの答えに集約される瞬間が刻一刻と迫っている。 幅員は一車線から二車線幅へと拡がり、それが舗装路となって本流へ雪崩れ込もうとしている。正体不明のまま勢いだけで突き進んできたが、今は違う。万感の思いで旧国道踏査行の全行程を走り終えるのだと強く意識する。 |
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◆新旧道交点の直前に構える5トン制限のコンクリ製の橋 そうせざるを得ないのは囁きミスターの成せる業か、それとも僕チンのいつもの頑張りの結果なのか。ミスターは大曲の踏査経験が無い。その代わり持ち合わせる知識は豊富で、僕が身振り手振りで説明した行程を聞いて旧国道と断言する。一方僕は僕でその瞬間まで峠道を大曲と信じて止まなかった。 いや、今でもタイトルはバス停宜しく大曲で良かったのではないかという思いが若干ある。かつてこの峠道を行き来したドライバーがオフケシ峠と呼んでいたのか否かは甚だ疑問だし、それよりも一年曲がりとか大曲の方が的を射ており、その方が言い得て妙なのではないかと思えてならない。 |
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◆現国道の大岸側立ち上がりに位置する新旧道交点 最後の最後に何だかな〜感が否めぬ複雑な心境になったが、豊泉公民館を経て5トン制限の橋を渡り終えた直後にぶつかる幹線道路のおにぎりを拝むにつけ、あの超絶廃道が北海道経済を支える大幹線路であったと思うと目頭が熱くなる。 トンネル連発で駆け抜ける国道に瞬間移動する高速道路、それら高規格道路網の礎を築いたのは大岸峠であり、北海道経済の命運を占う国道5号線に代わるビジネス路線の先駆けであったという点で、当時の国道に想いを馳せずにはいられない。 大岸峠25へ進む 大岸峠23へ戻る |