教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

トップ>廃道>北海道>大岸峠

大岸峠(19)

★★★★★

大岸峠(おふけしとうげ)の取扱説明書

北海道新幹線開業のニュースが世間の耳目を集めているが、JR北海道が入念な最終チェックをしている時分に、僕は最初で最後の一大プロジェクトに取り組んでいた。猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられる礼文華山道の完全制覇である。単車による走破、それも豊浦から長万部まで全て旧道を伝い、しかも半日で一気に駆け抜けるという壮大且つ無謀な試みで、計画の段階で大岸⇔豊浦間が最大の懸案事項と目された。海のものとも山のものとも分からぬ未踏区は、難易度は高いが攻略出来なくはない。出足平峠・豊浜洞・湯内峠の長大山道以来の大長編スペクタクル第一弾、オフケシ峠の衝撃・今宵解禁。尚今度こそR8での峠越えを立証すべく最善を尽くす。下町ロケットアウディ計画トラストミー編、始まります。

 

DSC06033.jpg

◆ダミーオブジェ以降ゴールが見えてくる兆しがない

路は僅かだが下りに転じている。それだけが唯一にして無二の希望であった。正直先の見えぬ廃道地獄にうんざりしている。もうどれくらい樹海を彷徨っているだろうか。ゴールのゴの字も見えてこない状況に苛立ちを覚える。焦りは禁物と分かっているが、無情にも刻一刻とタイムリミットは迫っている。

あと一時間以内、出来れば30分前後で目途が立たなければ、行くも地獄帰るも地獄の廃道地獄の泥沼に嵌まってしまう。今この瞬間に引き返せば漆黒の闇を彷徨う最悪の事態だけは回避出来るが、それでもどこかで薄暗くなるのは必至であるから、あの倒木地獄を思うとギリギリアウトと思って間違いない。

DSC06035.jpg

◆丈の低い藪が続き常に森全体が見渡せるのが救い

今更戻る気などさらさら無いのだが、いくら前進しても先行きが不透明という状況下で、僕は藁をもすがる気持ちであった。そこに救世主の如し現れたオブジェに飛び付くのも無理はない。何かに縋りたい弱気心を差し引いても、あれはどこからどう見ても人工物にしか見えなかった。

しかし期待は見事に打ち砕かれ、僕は瞬く間に現実に引き戻された。一体全体どこまで続くんだこの藪地獄は?時間を割いて丁寧に刈り払った自分の行動を顧みて酷く後悔する。海のものとも山のものとも分からぬ未知なる山道の途中で、道草を食っている余裕など無いと頭では分かっている。

DSC06036.jpg

◆全く変化が無く先行不透明な状況に苛立ちを覚える

スムーズに抜けてしまえばどうって事はないが、陽暮時の微妙な時間帯となると話は別だ。単車を放棄して二足歩行による自力脱出を試みた美幌峠の悪夢が蘇る。もう少し時間を巻き戻すと、矢ノ川峠二泊三日の激闘の末の落橋現場迂回路造成完踏劇が脳裏を過ぎる。

どれもこれも今となっては懐かしい思い出ではあるが、脅威の渦中にいる者にとってここに至る経緯を回顧しその余韻に浸っている余裕はない。一分一秒を争う死活問題で、一瞬の判断ミスが生死を分ける分岐点で決断が迫られている。ほんの僅かでもいい、何か手掛かりとなるものはないのか?

DSC06037.jpg

◆何の予告もなく唐突に現れた地肌丸出しのY字路

あった!久しく拝む地肌丸出しの路面に安堵し全身の力が抜け、その場でへたり込んでしまった。何の前触れもなく現れた植物が根付かぬ禿道に、僕は大いなる期待を抱くと同時に力が漲ってきた。間違いない、ゴールはそれほど遠くない場所にある。その根拠はこうだ。

禿道はY字路になっていて、どこかへ抜けている公算が大である。タイヤ痕は認められないが、植物が着床出来ないという事は、人なり車両なり一定の通行量がある事を示唆する。僕が辿ってきた道へ進入する可能性は限りなくゼロに近いので、残りの二方向のどちらかに活路を見出せるはず。

DSC06040.jpg

◆Y字路を道なりに進むと再び深い藪に行く手を阻まれる

左手からぶつかってくる浅藪の小径が支線で、Y字路を直進が正解と踏んだ僕は、迷わず道なりに進む。だが浮かれていたのも束の間、路は瞬く間に背丈程もある笹藪に包まれ、刈らないと身動きが取れなくなるほどに密度を増す。何だったんだあのY字路は?嫌がらせか?

あの禿道は人の往来を予感させるのは勿論、車両の往来をもイメージせずにはいられない。あそこで車両が転回しているシーンは容易に想像が付くし、実際にそのような使われ方をしたとしか思えない。しかしこの激しい藪が僕の推察を全否定するかの如し全てを包み隠している。

DSC06043.jpg

◆ふと足元を見ると砂利敷きである事に気付く

ところが断続的に現れる浅藪でふと立ち止まった時、僕はある重大な変化に気付く。砂利だ、路面には砂利が撒かれている。それがいつの時代のものかは分からない。しかし僕の足元には確かにバラスが散りばめられていた。Y字路は単なる土道に過ぎないし、山道の大方は砂利道ではない。

しかし今この瞬間は路面が砂利敷きになっている。その砂利は豊泉方面から搬入されたとの解釈が妥当で、恐らく後年の伐採及び植林等で山道が再利用された際に撒かれたものであろう。となるとゴールはそう遠くない場所にあると思われ、今度こそ脱出の糸口が見付かるかもと期待せずにはいられない。

DSC06042.jpg

◆路面が砂利敷きになっても相変わらずの藪地獄が続く

だが視界前方の状況を見る限り喜んでばかりもいられない。この先のどこに希望の光が見えるというのだろうか?残念ながら明るい見通しは立ちそうにない。視界の先に広がるのは無尽蔵に続く藪の大海である。

ポジティブ思考で言えばY字路⇒バラスと続く良化具合にホップ・ステップ・ジャンプと上手く行きそうな気もするが、ヘロヘロで疲労困憊のこの時の僕の脳内では、いつになくマイナス思考のネガティブキャンペーンが繰り広げられていたのである。

大岸峠20へ進む

大岸峠18へ戻る

トップ>大岸峠に関するエピソードやご意見ご感想などありましたら一言どうぞ>元号一覧