教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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大岸峠(3)

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大岸峠(おふけしとうげ)の取扱説明書

北海道新幹線開業のニュースが世間の耳目を集めているが、JR北海道が入念な最終チェックをしている時分に、僕は最初で最後の一大プロジェクトに取り組んでいた。猿留山道及び雷電山道と並び蝦夷地三大難所に数えられる礼文華山道の完全制覇である。単車による走破、それも豊浦から長万部まで全て旧道を伝い、しかも半日で一気に駆け抜けるという壮大且つ無謀な試みで、計画の段階で大岸⇔豊浦間が最大の懸案事項と目された。海のものとも山のものとも分からぬ未踏区は、難易度は高いが攻略出来なくはない。出足平峠・豊浜洞・湯内峠の長大山道以来の大長編スペクタクル第一弾、オフケシ峠の衝撃・今宵解禁。尚今度こそR8での峠越えを立証すべく最善を尽くす。下町ロケットアウディ計画トラストミー編、始まります。

 

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◆豊泉隧道の西側坑口付近に佇む地味なバス停

御覧のようにトンネルを抜け出ると直ちに路は下りへと転じる。豊浦市街地を発って以降一貫して登り勾配であったから、国道は洞内でようやくピークを打った形になり、トンネル上辺を覆う山塊が豊浦と大岸の間に立ちはだかる難所である事を疑う余地はない。勿論この先が延々と下り続ければの話だ。

連発隧道群の最終バッターである豊泉隧道の直後には、大型車一台が停車可能なちょっとした膨らみがある。一応歩道も備わってはいるのだが、びっしりと雑草に覆われチャリ及び歩行者が利用している感じはしない。因みに僕だったら草塗れの歩道を避けて、道路脇をテクテクと歩くだろう。

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◆バスの運営は豊浦町で頂上の停留所名は豊泉大曲

刈り払いが成されていない雑草塗れの歩道は、パッと見利用されていないように映るが、利用者がゼロでない事をバス停が証明している。トンネル直後の膨らみが単なる待避所ではなく停留所として今日現在も機能している事実を、若干お疲れ気味のバス停が我々に訴えている。

運行廃止後に放置プレイで野ざらしのバス停というのも無きにしも非ずだが、町のホームページでチェックしたところ今この瞬間も現役路線である事実が確かめられた。ポールは雪の重みでか若干傾いていて、いつ何時倒れても不思議ではない危うさを孕んでいるが、流石にその際は刷新されるに違いない。

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◆汽車の運行をサポートするようにバスは1日3本態勢

バス停は白黒表記で存在は限りなく希薄であるが、その昔は停留所名が刷られた円盤は二色或いは三色で彩られ、遠目からも目立つ存在であったように窺える。日焼けしてそうなったのか意図的にそうしたのかは定かでないが、現在は白を基調とした大人しい佇まいになっている。

停留所には待合室のような箱物は認められず、バス停がポツリと佇むだけの殺風景な状況に、頂上付近にバス停が存在する事を知らぬ住民もいるのでは?と勘繰ってしまうほど背後の密林とすっかり同化している。このバス停を利用する者が果たしているのだろうか?

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◆下り始めは二車線もすぐに三車線へと膨らむ

時刻表を見ると豊浦市街地へ朝・昼・夕の三便、大岸方面へも朝・昼・夕の三本態勢で、バスは豊浦と礼文の間を1日3往復しているのが分かる。利用者層を考えた時、いの一番に思い浮かぶのが学生と通院する年配者だ。早朝7時に豊浦を発つバスは、7時半過ぎを目標に終点の礼文を目指す。

礼文で折り返すバスの乗客の大半は病院通いの老人で、9時の開院に間にあうように時刻は設定されている。また二便も午後の診療にドンピシャの設定となっている。最終便の往路は午後診療の患者を乗せ、復路はほぼ空車で帰還すると思われる。ただ学生が利用している可能性も大いに有り得る。

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◆峠の西側の大半は登坂車線が設けられている

平成18年の統廃合で消滅した大岸中学校の生徒が、豊浦中学への通学を強いられており、鉄道もバスと同じ時間帯に鈍行列車を走らせている事から、学生の利用があるのかも知れない。15〜16といえば6時限目の終了時刻に重なる。老人に混じる学生の姿があっても全く驚けない。

この界隈の住民は何をするにも豊浦へ赴かなければならない。近年では豊浦高校が統廃合の憂き目に遭い、学生は虻田への通学を余儀なくされている。一駅二駅の通勤通学ならそれほど苦にはならないが、北の大地の感覚で三駅以上の移動となると、ちょっとした旅になってしまう。

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◆下り一辺倒で豊泉停留所へ着地する国道37号線

一駅二駅の移動でも場所によっては相当な距離感を抱く事になり、それが峠のような難所を介しているとなると尚更だ。大岸と豊浦の間がまさにそれで、御覧の通り西側斜面のほとんどに登坂車線が設けられ、両者の間には大きな隔たりがある事を思い知らされる。

本来であれば東側の斜面にも登坂車線を設けたいところで、議会でもその点に関しては幾度となく議論が成されている。老朽化したトンネル群をどげんかせんといかんと熱き舌戦が繰り広げられるも、いまだ明確な落とし所は見付かっていない。それもこれも下手に高速道路が通じている為だ。

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◆峠道の終点となる道道32号&道道608号線との交点

しかしながら並走する下道が北海道を代表する幹線であるのも事実。老朽化した隧道群を生かさず殺さず騙し騙しで供用し続けるのか、それとも抜本的な解決策を図るのか、関係各所の手腕が試されている。

国道37号線の早急な解決策が求められている渦中で、僕はその答えになるヒントが半世紀前の一大事業にあると睨んでいる。従来の山道に置き代わるゼロベースの高規格道路の敷設、あの時のようなインパクトのある改良を利用者は望んでいる。

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