教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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太櫓越峠(16)

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太櫓越峠(ふとろごしとうげ)の取扱説明書

渡島半島の東側を南北に走る海岸線は、我が国で五番目に重要な路線にして、北海道随一の幹線である事に異論の余地はない。その東海岸線を陽とするならば、瀬棚と江差を結ぶ西海岸線は陰となる。山陽道と山陰道の例を出すまでもなく両者の交通量には決定的な差があり、結果開発は遅々として進んでいない。事実これより挑む山道は昭和の晩年まで直に鞍部を跨いでいたし、鉄道は今も昔も西海岸線を走破した試しがない。結果太櫓越山道が唯一の生命線となる訳だが、山道に注がれた先人の血と汗の結晶は、トンネル開通後も極上の峰越フラットダートなる副産物を齎す。その恩恵に授かったドライバー&ライダーは少なくない。走破済という経験則から今度こそR8での峠越えを立証したい。下町ロケットアウディ計画起死回生編、始まります。

 

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◆元国道とは思えぬ壮絶な藪密度に満身創痍になる

旧道と現道は法面一枚を隔てしばし並走する。現道から旧道筋を捉える事は不可能で、現況からその逆も然りだ。濃密な藪は視界10m前後しか叶わず、天然の山肌に比し遜色ない密度を誇る、或いはそれを上回る勢いであるのは明らかで、生え過ぎ注意報発令レベルにある。

断っておくがこれは山奥に散見される天然の更地等ではない。元車道にして稚内から松前へと通じる西海岸線なる大動脈で、現行の路線バスも日常的に往来した幹線道路である。そして何と言っても晩年の肩書はR229という押しも押されもせぬ国道路線であったのだからびっくりポンである。

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◆この先で道幅が狭まる注意喚起を促す警戒標識

事実今でも当山道には頂上のおにぎりを筆頭に、数多の遺構が元国道筋である事を主張している。激藪区を抜け切った直後に待つこの先道幅狭しの警戒標識もその一つだ。もう何個目になるだろうか、この山道の標識や看板やらを数えていたらきりがなく、撤去し忘れたにしては遺構の数が多過ぎる。

この供給過多ぶりは何なのだろうと考えた時、わざわざ人件費を割いてまで撤去せずとも経年劣化で自然と朽ちるから放置プレイで良しとの判断に至ったという経緯が濃厚ではあるが、だったらいいなの期待値込で町興しの一環として旧道復活も視野に入れた戦略的放置の可能性も無きにしも非ずだ。

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◆ようやく激藪が鳴りを潜めるも平均的な藪道が続く

市町村道に格下げされた往年の幹線道路が、観光目的で再整備された事例は幾つか認められ、廃道から息を吹き返したケースでは志戸坂峠が記憶に新しい。文化庁から歴史の道のお墨付きを得た路線とはいえ、永眠するはずの路線が再度拓かれた意義は大きい。

著名な街道筋を踏襲していない旧廃道がスポットライトを浴びるのは稀で、ある程度の知名度がなければ復活云々の議論にもならないのは確かだが、曲りなりにも太櫓越は国道を名乗った有用路線であり、切替直前まで最新テクノロジーが惜しみなく投入された当界隈の生命線でもある。

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◆木々の隙間に付かず離れずで並走する現道を捉える

沿線の多くは人口減少に悩む消滅可能性自治体予備軍だ。その点を踏まえれば祝祭日に巨大都市札幌から一人でも多くの観光客を呼び込むしかない。その呼び水として太櫓越を温存していたとしたら、行政としては近年稀に見る先見性のある自治体という事になる。

御存知のように旧廃道趣味は廃線巡りほどメジャーではない。人口比では1/10とも1/100ともいわれ、元々パイの少ない廃物系で道路に目覚める者は稀だ。江戸時代の五街道を筆頭とする街道ウォークとは一線を画し、藪漕ぎが基本の踏破行は般ピーにとってハードルが高過ぎる。

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◆旧道上より捉えた江差まで60kmを指す現道の青看

廃道とは無縁の者をこの世界に引き摺り込むには、行政主導による峠道の再整備は欠かせない。先人達が残した遺構を活かすも殺すも時の自治体の匙加減一つで決まる。将来性を見越してか否かは定かでないが、太櫓越には過剰なまでの付帯設備がほぼ当時のまま現存する。

その代表格が頂きのおにぎりで、30年超経過した今もこの峠道は国道としての使命を全うしている。その姿は南方の島々に置き去りにされた旧日本兵に似ている。彼等は戦争の終結を知らされぬまま戦後を生き抜き、ジャングルの秘奥で見えない敵と闘い続けた。

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◆亡霊のように佇む存在感が希薄な左手の警戒標識

通常であれば標識の何もかもが撤去され、かつての栄華は過去のものとなる。しかしこの路線に限ってはそうはならなかった。見てくれ、左斜面の藪奥で息を潜める警戒標識を。彼等は今この瞬間も自身を頼りとする車両の到着を待ち受けている。彼等の中ではまだ終止符は打たれていないのだ。

この峠道に散在する遺構群に人格はない。だが彼等が者申すとすれば間違いなくこう主張するだろう。

現役の国道229号線ですが何か?

 そう、現場に留まる者にとってこの藪道は現役の国道なのだ。

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◆断続的に立ちはだかる超濃密な藪壁にヤル気は失せる

通常であれば取り外しが出来る付帯設備は可能な限り撤去し、それを以て抹消及び解散となる。その場合内外共に藪道は現役を退いた廃道であり、有名無実な過去路線であるのは誰もが認める共通認識となる。

ところが幸か不幸か当路線には有り余る遺構がほぼ当時のままの姿を晒している。昭和50年代半ばで時が止まったかのような佇まいは、廃道然とする現況とのギャップにより独特のオーラを放ち、この世界に心酔する我々の心を掴んで離さない。

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