教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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太櫓越峠(13)

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太櫓越峠(ふとろごしとうげ)の取扱説明書

渡島半島の東側を南北に走る海岸線は、我が国で五番目に重要な路線にして、北海道随一の幹線である事に異論の余地はない。その東海岸線を陽とするならば、瀬棚と江差を結ぶ西海岸線は陰となる。山陽道と山陰道の例を出すまでもなく両者の交通量には決定的な差があり、結果開発は遅々として進んでいない。事実これより挑む山道は昭和の晩年まで直に鞍部を跨いでいたし、鉄道は今も昔も西海岸線を走破した試しがない。結果太櫓越山道が唯一の生命線となる訳だが、山道に注がれた先人の血と汗の結晶は、トンネル開通後も極上の峰越フラットダートなる副産物を齎す。その恩恵に授かったドライバー&ライダーは少なくない。走破済という経験則から今度こそR8での峠越えを立証したい。下町ロケットアウディ計画起死回生編、始まります。

 

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◆路肩寄りに比し安全な法面側を刈り払いながら進む

流石昭和の晩年まで現役の国道を名乗っていただけの事はある。足元は頗る安定していて、これ以上望み様がないほどのフラットな路面が続く。現役当時は砂利道愛好家が泣いて喜ぶ極上のフラットダートであったのは疑う余地がなく、ややもすればWRCの舞台になっていたかも知れない。

実際にこの山道を50人乗りの箱バスが往来していたというから、それはそれは至極真っ当な砂利道であったのだろう。事実峠の北側に関してはパッと見の印象とは異なる幅員5m前後の幅広道が大部分を占めていて、普通車同士であれば適時交換可であった事が容易に想像される。

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◆倒木を軸とする周囲の浅藪を徹底的に拓いてみた

その傾向は峠の南側にも認められ、北側同様5m前後の幅員を維持する区間が少なからず存在する。目に映る全ての藪を刈り払った訳ではないので確証ではないが、要所要所で撮影用に徹底して刈り払ったポイントの大方は、普通車同士の擦れ違いを許容する広大な地肌を露わにしている。

例えばこのショット、元々は身動きが取れないほど雁字搦めの激藪であった箇所を徹底して刈り払い、あたかも最初から見通しの利く空間であったかのように映るが、間違いなく今年の夏にはすっかり元通りのジャングルと化している。そこは刈り残した路肩部分まで含めるとインチキ二車線幅をキープしている。

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◆路肩から法面まで5m前後を有する幅広道が露わとなる

現場到着時既に横倒しとなっていた倒木の御蔭で、予めある程度の空間が確保されている箇所を狙い拡張したに過ぎないが、進行方向左手の法面から枝葉を伸ばす勢力と、路肩付近の刈り残しを綺麗さっぱり拓いたならば、実幅5m前後の幅広道が露呈するのはほぼ確実である。

路肩の一部には今もガードレールが残っており、当時の有効幅が路肩ギリギリにあった事を物語る。また法面の直下にも側溝跡らしき窪みが認められ、ガードレールと側溝の間が広大な空間であった事は最早疑う余地はない。今から30年以上も前になるが、この通りを上下線共に勢いよく車両が駆け抜けていた。

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◆断続的に現れる根曲竹密生区では苦戦を強いられる

今その道は川口探検隊もびっくりポンの密林と化している。地味に人一人分の空間を拓きながら進んでいるからまだ画的に何とかなっているが、作業前の様子はとてもじゃないが見るに堪えない。手付かずの状態では残念ながらどの方角を撮っても同じものにしか見えないのだ。

美利河峠東側の単車での走破不能区間を、徒歩による縦走を試みようとトライしたものの、前後左右のどこを撮ったものなのか撮影者自身が判断が付かない事態に陥り潔く諦めた。やはり道路跡伝いに人一人分の幅だけでも拓かないと、何が何だか訳が分からないものになってしまう。

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◆藪奥で息を潜めるびっくりポンの警戒標識を捉える

単なる突破ではなく丁寧に拓いて行くからこそ、点ではなく線として連鎖性を保てるのであり、そこに単車を投じる事によって元車道である事を立証し、場所によっては全幅を拓く事で現役時の規格を白日の下に晒す。単純作業を繰り返す根気のいる地味な活動で、何度匙を投げそうになったか知れない。

いつ何時羆と一戦を交えてもおかしくない極限の状況下で、剪定鋏と手ノコを駆使し粛々と藪を刈り払う姿は、世界中のあらゆる難所でアイロン掛けをするエクストリームアイロニングの第一人者松澤等氏に似ている。どのような極限状態でも平然とアイロン掛けをする変人勇者をアイロニストと呼ぶ。

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◆標識の出現で道路と再認識するも現場は鉄壁の藪壁

ならば凶暴熊の巣窟で黙々と藪を刈り払い続ける行為をエクストリームハイロ(廃路)ニングと称し、僕は今日から国際ハイロニストを名乗る事にしよう。実態は蟹工船の如し泥臭く地味な活動であるが、テロリスト志望の若者が次世代型テロ組織と勘違いして参加し易いように国際ハイロニストを世に広めたい。

国際ハイロニスト、略して国際ハイ。何だか覚醒剤打ち過ぎてラリっちゃってる組織?みたいな響きであるが、一人でも多くのテロ志望の若者を引き抜ければ、それはそれで社会貢献な訳で、オバマ大統領が演説しただけでノーベル平和賞を授与された事を思えば、緑綬褒章は確実だろう。

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◆進行方向左手より徒歩道サイズの小径が近付いてくる

藪漕ぎそのものは還暦までやれば黄綬褒章もので、このまま愚直に活動を続ければ緑綬と黄綬のW褒章も無きにしも非ずだ。但し国際ハイを謳った時点で公安にマークされ、秘密保護法の名の下に逮捕されないとも限らない。

中島みゆきの世情をバックに腐ったミカンの方程式の如く僕は護送車に揺られ、流れ行く車窓の景色を眺めながら公に国際ハイロニストを名乗る事がいかにリスク大であるのかを悟り、人知れず活動を続ける現在の自由度の高さを再認識するのだ。

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