教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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美利河峠(15)

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美利河峠(ぴりかとうげ)の取扱説明書

ニセコ・ルスツ・トマム・・・北海道に於ける片仮名の三文字表記地名は?3秒前、2、1、Q!と行き交う者にいきなり投げかけると、必ずと言っていいほど返ってくるのがメジャースキーリゾートと相場は決まっている。そこにピリカの名を挙げる者はまずいない。道民の内外を問わずピリカってどこ?ピリカって何?というのが現実的な反応である。その影の薄さは道路的にも然りで、美利河峠越えを目的として国道を走る者は皆無に等しい。だがそれが単なるドライブやツーリングではなく、旧廃道の探索となると話は別だ。一般に美利河峠に古道筋は存在しないとされ、旧廃道に言及した記事を目にした試しはない。事実拡張に次ぐ拡張で形成された現在の峠付近に、並走する別ルートは実在しない。但しその前後には失われた切り通しを補って余りある長大路線が森の奥深くで息を潜めている。そこで目にしたのは道内各地に点在するメジャー物件に勝るとも劣らない涎もののレアな歴史道であった。完踏が叶わない絶望的な廃道の秘奥に見た超絶レア絶景と、辛うじて単車での踏破が叶う長大藪道の現況を余す事なく白日の下に晒す。

 

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◆瀬棚側の峠下にあたる道道999号線との交点

峠を越え緩い下り坂で美利河地区へと滑り込む国道は、道道999号美利河二股自然休養村線との交点で久しく平坦路を迎える。そこは峠下に等しい着地点となっていて、かつては瀬棚線の美利河駅を中心に小学校や郵便局もあるそこそこの市街地を形成していた。

当時は道路と線路が並走していたといい、鉄道は美利河駅からほぼ高低差無くトンネルへと潜り込んでいたというから、峠の下り途中にある慰霊碑が隧道の坑口付近と推察される。国道と道道の交点付近には線路跡と思わしき平坦な更地が認められ、その一部は今でも人為的な刈り払いが成されている。

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◆美利河駅跡と思わしき美利河ダム停留所裏手の更地

箱物第一号は尖がった屋根の黄色いミニログハウスで、沿線では御馴染のバスの待合室が美利河に着弾したのだと教えてくれる。美利河駅の後継者たる函館バスの美利河ダム停留所が、そっくりそのまま駅舎跡地とは断定出来ないが、背後にある広大な更地が駅の構内をイメージさせる。

だが現場の状況が一時代前とは一変している為、美利河市街地全体像をイメージするのは容易でない。バス停の先で国道は左に弧を描くが、一昔前の国道は真直ぐというよりもやや右寄りに西進しており、美利河駅前を通り過ぎた直後に後志利別川に架かる橋目掛け一目散に川岸を降下していたのだ。

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◆バス停留所裏手更地の延長線上にある二車線路

今そこはダム公園に続く超巨大な堰堤が居座り、それを迂回する国道筋は非常に滑らかな曲線及び勾配で河川を一跨ぎしている。現在のダイナミックな線形からかつての屈曲な軌跡は想像し難い。その国道を挟んでダムの監視塔と美利河温泉クアプラザピリカが対峙している。

温泉へ通じる二車線の引き込み線は、国道を離れるとすぐに右90度の角度で折れ曲がり、しばらく国道と並走する形をとる。その二車線路が瀬棚線跡を利用したものであると、美利河温泉から徒歩圏内に暮らす住民が教えてくれた。確かに道路はバス停背後の更地の延長線上にある。

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◆近隣住民が瀬棚線跡と言い切る二車線の快走路

高低差のない横ばいの路は線路跡と言われても違和感はない。ただ築堤に盛石にレールといった既存の鉄道跡とは似ても似つかない現況から、ハイそうですかとは素直に頷けない。それに証言者は地形改変後に余所から越してきたといい、原住民からの又聞きというのも信憑性に欠ける。

それに何と言っても茶屋川のおいちゃんのこの一言が大きい。「俺が強引に通り抜けた道はピリカ温泉から入る」のだと。ピリカ温泉から入る道ってこれじゃねーの?僕は疑っていた。これは鉄道跡ではなく旧国道筋ではないのかと。目の前の二車線路は元道路を拡張したと見るのが自然だ。

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◆温泉へ通じる二車線路と現国道の狭間にある廃旅館

ただ温泉への引き込み線と国道との狭間には、潰れて久しい旅館兼食堂が佇んでいる。今尚風雪に耐える看板には民宿さんま家と刷られており、廃屋は美利河駅を継承するバス停の目と鼻の先に位置する。立地条件から旅行客やビジネス客相手に営業していた駅前旅館という見方が出来なくもない。

だとすると二車線の快走路は瀬棚線跡と捉えられなくもないが、如何せん線路跡と現況との乖離が激し過ぎる。率直な感想としては駅前を機に分離する新旧国道といった感じで、この先においちゃんが難儀したという山道が待ち構えていれば、鉄道跡はガセネタという事になる。

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◆二車線路から眺める日本一の堰堤長を誇るピリカダム

鉄道跡か旧道筋か未だ不確定の二車線路からは、日本一の堰堤長を誇るピリカダムが一望出来る。ダム開発が始まる以前の国道筋は、堰堤に沿う経路を辿っていたというから、現ルートと異なり駅前から右斜めに折れ曲がっていたのは確実で、美利河駅周辺だけでも親子三代の遍歴が窺える。

茶屋川のおいちゃんは言った。四駆で踏破した悪路は一貫して後志利別川の左岸を伝っているのだと。現国道筋は花石集落の直前まで右岸を伝っている。その前身となる路はピリカダムの堰堤に沿っている。ダム開発前後の路が共に川の右側を伝っているのに対し、正体不明の悪路は左岸でブレがない。

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◆二車線路が行き場を失うL字カーブより派生する砂利道

国縫から花石に至る現国道筋を把握する際に、所々に散在するダム開発以前の旧道筋を捉えているが、国縫側の旧道筋とは環境が大きく異なる為、同時代に供用される連続性を保った路線には到底思えない。

落橋現場にみる発展途上の橋梁と狭隘未舗装路、これに重なる一時代前の路とはズバリウインチ付きの四駆で命からがら抜けきったという左岸道路ではないのか?二車線路が行き場を失うL字カーブより派生する砂利道の先で全てが詳らかとなる。

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