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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>廃道>北海道>美利河峠 |
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美利河峠(6) ★★★★★ |
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美利河峠(ぴりかとうげ)の取扱説明書 ニセコ・ルスツ・トマム・・・北海道に於ける片仮名の三文字表記地名は?3秒前、2、1、Q!と行き交う者にいきなり投げかけると、必ずと言っていいほど返ってくるのがメジャースキーリゾートと相場は決まっている。そこにピリカの名を挙げる者はまずいない。道民の内外を問わずピリカってどこ?ピリカって何?というのが現実的な反応である。その影の薄さは道路的にも然りで、美利河峠越えを目的として国道を走る者は皆無に等しい。だがそれが単なるドライブやツーリングではなく、旧廃道の探索となると話は別だ。一般に美利河峠に古道筋は存在しないとされ、旧廃道に言及した記事を目にした試しはない。事実拡張に次ぐ拡張で形成された現在の峠付近に、並走する別ルートは実在しない。但しその前後には失われた切り通しを補って余りある長大路線が森の奥深くで息を潜めている。そこで目にしたのは道内各地に点在するメジャー物件に勝るとも劣らない涎もののレアな歴史道であった。完踏が叶わない絶望的な廃道の秘奥に見た超絶レア絶景と、辛うじて単車での踏破が叶う長大藪道の現況を余す事なく白日の下に晒す。 |
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◆多少のカーブと直線で構成される国道230号線 国道230号線の長万部側に目立ったカーブは見当たらない。十勝や別海のようにただひたすら直線道路が続くという訳ではないけれど、線形は概ね直線を描き見通しは良い。これならかつて並走していたであろう瀬棚線跡は簡単に見い出せると思いきや、これが丸っきり見当が付かない。 そりゃそうだ、廃止されてから30余年も経過しているのだから。道路や宅地として二次利用されていたら判別不能であるし、利用価値無しと判断された区間は、今や藪に没している。それに加え一部は築堤が取り崩され、広大な牧草地と一体化しているというから、素人では完全にお手上げだ。 |
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◆かつて瀬棚線の停車場があったという茶屋川の集落 それでも瀬棚線の存在が気になるのは、花石で聞き取りに応じてくれた婆ちゃんのこの一言にある。 タコさ、随分と酷い目に遭ったらしいよ。中里の農家が逃げてきたタコを匿って、食事を与えて遠くへ逃がしたって聞いた事がある。 大日本帝国の歴史、それは強制労働の歴史でもある。鉱山・港湾・河川・鉄道とあらゆる土木事業で、タコの存在なくして成立する事例は皆無と言っても過言ではない。国道230号線と並走する瀬棚線も例外ではない。出来れば無かった事にしたい負の遺産である。 |
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◆新邸より長持ちするという築100年超の古民家 俺が高校に通っている頃は毎日のように利用したさ。その頃は国道も砂利だったし、自家用車も少なかったから、ほとんどの住民が汽車に乗ってたよね。俺が出てってしばらく経ってからだな、廃止の噂を聞くようになったのは。 大病を患い定年を迎える前に退職したという茶屋川のおいちゃんは、猫四匹と平屋の戸建で静かに余生を過ごしている。何でも薪割がリハビリになるとかで、自宅の庭で斧を振るうのが日課になっているという。既に数年分の在庫が納屋にあるといい、冬の燃料には困らないそうな。 |
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◆美利河峠旧道を四駆で駆け抜けたというおいちゃん 元々は四国の人間で、明治時代に先祖が土地を売り払い、新天地を求めて国縫に移住してきたのだという。おいちゃんは北海道への移住者が二派に分かれると説く。ひとつは豊富な資金力を背景に更なる豊かさを求めて来道する者、もうひとつは北海道へ行けば今よりも楽になるんじゃないかと夢見る者。 前者であるおいちゃん家系は、最盛期に牛80頭を飼育する無借金牧場として成功した部類に入るそうだが、それは四国の御先祖様が代々継承してきた大事な土地を売り払うという犠牲の上に成り立っているもので、もしも北の大地で一旗揚げようと裸一貫で渡道していたらどうなっていたか分からないという。 |
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◆峠下にあたる登坂車線の開始地点が旧道との分岐点 実際に他県から北海道へ来てみたものの、貧しい生活を強いられた同級生は少なくなく、その経験に裏打ちされた言葉には重みがある。おいちゃん宅には旧宅と新邸の二軒が隣り合っているが、最新設備の整った新邸の方が間違いなく先に潰れるといい、知り合いの大工が旧宅に太鼓判を押したという。 外観そこ安普請に映る平屋の旧宅であるが、これが百年超の古民家というから驚きだ。手入れさえ怠らなければ何代でも継承出来る見本のような家で、下手に新築の戸建を建てるよりも昔の家を安く買い取りリフォームする方が費用も安く済み、家も長持ちするというから目から鱗である。 |
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◆登坂車線の開始地点に認められる謎の引き込み線 おいちゃんの昔話は一時間超に及び、実にその九割が道路に関係ナッシングという悲劇を齎したが、熊避けにはラジオが一番という実用的なネタも含まれ、瀬棚線が木材の搬出に寄与したという間接ネタもあるから、無駄な時間とは言い難い。しかもそれらを補って余りある道路情報に僕は釘付けになった。 旧道かどうかは知らんけど、川を挟んで国道に沿った道があるっしょ。もう十年以上前になるけど、四駆で走り抜けた事があるのさ。その頃も藪道だったけど、俺の車ウインチ付いてるから、何とかして通り抜けられたんだよな。 |
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◆進入口からいきなり激藪に遮られる旧道らしき道筋 美利河峠に旧道(らしき道)アリ! えーんど四駆で通り抜けた! 十年以上も前にな!という壮大なオチ付きだが、この情報が有るのと無いのとでは大違いだ。国道と川ひとつ隔てた対岸に、並走する車道が存在する。おいちゃんは徒歩で踏破した訳ではない。四駆、即ちその藪道が車道である事を裏付ける貴重な証言だ。これはもしかするともしかするぞなもし! 美利河峠7へ進む 美利河峠5へ戻る |