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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>廃道>北海道>美利河峠 |
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美利河峠(5) ★★★★★ |
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美利河峠(ぴりかとうげ)の取扱説明書 ニセコ・ルスツ・トマム・・・北海道に於ける片仮名の三文字表記地名は?3秒前、2、1、Q!と行き交う者にいきなり投げかけると、必ずと言っていいほど返ってくるのがメジャースキーリゾートと相場は決まっている。そこにピリカの名を挙げる者はまずいない。道民の内外を問わずピリカってどこ?ピリカって何?というのが現実的な反応である。その影の薄さは道路的にも然りで、美利河峠越えを目的として国道を走る者は皆無に等しい。だがそれが単なるドライブやツーリングではなく、旧廃道の探索となると話は別だ。一般に美利河峠に古道筋は存在しないとされ、旧廃道に言及した記事を目にした試しはない。事実拡張に次ぐ拡張で形成された現在の峠付近に、並走する別ルートは実在しない。但しその前後には失われた切り通しを補って余りある長大路線が森の奥深くで息を潜めている。そこで目にしたのは道内各地に点在するメジャー物件に勝るとも劣らない涎もののレアな歴史道であった。完踏が叶わない絶望的な廃道の秘奥に見た超絶レア絶景と、辛うじて単車での踏破が叶う長大藪道の現況を余す事なく白日の下に晒す。 |
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◆瀬棚線の起終点であったJR函館本線の国縫駅 かつて国縫と瀬棚とを結んだ鉄道は、ここ函館本線の国縫駅が起点としていた。白昼の駅前には人っ子一人見当たらず、御世辞にも広いスペースとは言い難い駅前広場といい、タクシーの一台も待機していない現況からは、その昔から単なる通過駅にして無人駅だったとしても何等違和感はない。 しかし沿線のどこで聞いても、国縫を起点とする鉄道は確かに存在したという。聞き取りに応じてくれた者のほとんどが、その昔は頻繁に利用したというのだから信じる他ない。それも最盛期は函館本線へ乗り入れる急行列車まであったというのだから、驚き桃の木山椒の木である。 |
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◆接続駅には見えないすっきりとした構内の国縫駅 事実国縫駅のホームに乗換駅の面影はない。かつて存在したであろう利用価値を失ったレールは撤去され、構内はすっきりとしている。一体全体どこをどうやって瀬棚線が函館本線に乗り入れていたのか全く見当が付かない。それほどに当時の痕跡は綺麗さっぱり失われている。 さよなら列車が最期の警笛を鳴らしてから30余年が経った今、当時10歳だった少年が40過ぎのおっさんに成り果て、家族からはただひたすら金を稼いでくるだけの人間ATMと化し、挙句の果てにちんこべまで切断されるのだから、人生どこでどうなるか全く分からない。 |
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◆看板を下ろして久しい国縫駅前の旅館や店舗 大概の人が結婚して子供産んでマイホームを手に入れて、などという波風立たぬ順風満帆な未来像を描いているのだろうが、そうは問屋が卸さない。晴天の霹靂はある日突然やってくる。南沙諸島に於けるラッセンゴレライも、イケイケの中華にとってはまさに寝耳に水であったろう。 ここ国縫駅も例外ではない。かつては旅行客やビジネス客を頼りに営業していた駅前旅館らしき建物が、一般の人家としてひっそりと余生を過ごしている。少なからず存在する駅前商店も同じ運命を辿り、表舞台から退いた主役達は初めから般住だったかの如し装いで沈黙を守る。 |
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◆太陽光発電が目に付く狭い二車線の駅前通り 函館本線より瀬棚線が枝分かれする交通の要衝と化した時期は、ターミナルである駅前の一等地はどこもそこそこの坪単価であったのだろうが、太陽光発電の存在が今では土地値が二束三文である事を物語る。厳しい現実であるが土地の売買が成立するだけまだいい。 来春になればいよいよ新幹線が函館まで足を延ばす。そうなると札幌延伸は時間の問題で、かつて花形列車が多数往来した幹線が新幹線開業と同時に切って捨てられているように、函館本線もいつまでも安泰という訳ではない。いつ何時瀬棚線のように過去の遺物になってもおかしくはないのだ。 |
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◆国道230号線旧道に駅前通りがぶつかるT字路 今はまだ瀬棚線の起点というベンチマークが存在するが、それさえも失われてしまう近未来に、ひとつの時代の終焉を感じずにはいられない。国道230号線を伝い瀬棚と長万部の間を路線バスが行き来しているが、それが瀬棚線の代替バスであるという事実を現代の若者は知らない。 そりゃそうだ、産まれてこの方沿線をバスしか走っていないのだから。レールが残っている間はまだその存在を意識出来たであろうが、鉄橋やレールが撤去された今となっては瀬棚線跡を辿るのも困難で、走行シーンを見た事も無ければ乗車経験もない余所者が、瀬棚線を想像するのはかなり無理がある。 |
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◆函館方面へのショートカットに使われる旧国道の踏切 瀬棚線と国道230号線がどのように絡み合っていたのか追及しようとしたが、かつての軌道がどこをどう伝っていたのか全く以て見当が付かない。ここを通っていたんだよ!と地元の人が指してくれるが、そこはイタドリのパラダイスで踏破云々という状況にない。それに加え地元民のちょっとした牽制もあった。 廃線巡りを趣味とする者が私有地に無断で入り込み迷惑千万という苦情で、身に覚えのある自身にとっては耳の痛い話であったが、そこから得るものも少なくなかった。何でも現在の国道230号線も私有地と道路のトレードが頻繁に繰り返された結果、見通しの利く直線道路が成立したのだという。 |
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◆道央自動車道と立体交差する国道230号線旧道 北海道の直線道路はその昔から真直ぐな砂利道であったものを、単に拡張しただけと思い込んでいたのだが、牧場の一部を譲る、或いは人家の一部を削る等の苦肉の策によって、現在の快走路が成立している事実を知った。 国縫の駅前通りを南進するとT字路にぶつかる。そこに待つ二車線路が国道230号線の旧道で、車両の往来が絶えなかったという踏切は、瀬棚方面と函館方面を行き来する車両のショートカットとして細々と利用されているに過ぎない。 美利河峠6へ進む 美利河峠4へ戻る |