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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>廃道>北海道>美利河峠 |
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美利河峠(2) ★★★★★ |
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美利河峠(ぴりかとうげ)の取扱説明書 ニセコ・ルスツ・トマム・・・北海道に於ける片仮名の三文字表記地名は?3秒前、2、1、Q!と行き交う者にいきなり投げかけると、必ずと言っていいほど返ってくるのがメジャースキーリゾートと相場は決まっている。そこにピリカの名を挙げる者はまずいない。道民の内外を問わずピリカってどこ?ピリカって何?というのが現実的な反応である。その影の薄さは道路的にも然りで、美利河峠越えを目的として国道を走る者は皆無に等しい。だがそれが単なるドライブやツーリングではなく、旧廃道の探索となると話は別だ。一般に美利河峠に古道筋は存在しないとされ、旧廃道に言及した記事を目にした試しはない。事実拡張に次ぐ拡張で形成された現在の峠付近に、並走する別ルートは実在しない。但しその前後には失われた切り通しを補って余りある長大路線が森の奥深くで息を潜めている。そこで目にしたのは道内各地に点在するメジャー物件に勝るとも劣らない涎もののレアな歴史道であった。完踏が叶わない絶望的な廃道の秘奥に見た超絶レア絶景と、辛うじて単車での踏破が叶う長大藪道の現況を余す事なく白日の下に晒す。 |
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◆ピリカダム直下を豪快に駆け抜ける国道230号線 国道230号線のつまらなさを読者諸兄にも実感してもらう為、ピリカダムよりもう少し瀬棚方面へ向け現国道筋を辿ってみたい。プロローグでは道道999号線、通称スリーナインとの交点を峠の着地点と見做したが、実の所峠道の終点はもう少し先の花石集落となる。 正確を期せば峠下に当たる美利河集落が着地点として妥当なのだが、ピリカ峠の切り通しから道道との接点までが1km前後と余りにも短い点と、同区間に並走する旧道筋が存在しない事から、峠から5km前後の距離を隔てた花石を峠下に設定するのが妥当と判断した。誰が?俺がだ。 |
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◆国道の美利河橋より巨大人工物ピリカダム堰堤を望む 俺がルールブックだ! と言いたいところだが、花石集落を着地点に設定したのには訳がある。残念ながら今は言えねぇ。ただちょっとだけネタばらしをすれば、花石集落はその昔は珍古辺を名乗っていた。敢えて平仮名で表記しよう。 ちんこべ 問題、ジャジャ!この平仮名四文字はどこで区切るのが適当か0.7秒以内にお答え下さい。チ・チ・チ・チ、ブー! |
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◆後志利別川を跨ぎ一旦上昇気流に乗る国道筋 正解は区切らない、もしくは区切ってはいけないでした。僕が小学生の頃、通学路に数軒のパチンコ屋が立ち並んでいた。駅前という好条件もあってライバルが犇めき、過当競争に晒され経営も楽ではなかったようだ。ある日一軒のパチンコ店のネオン管が台風の影響で壊れ、パの字が外れていた。 通り行く大人達の多くは気にも留めなかったが、僕等子供社会はそのネタで大いに盛り上がり、あの店は今後どうなるのだろうか?と真剣に議論した。そりゃそうだ、普段からパ・チンコと面白がっていた店が、遂に待ち望んでいた本物のチンコ店となってしまったのだから、興奮しない方がどうかしている。 |
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◆小さい丘をひとつ越えた先に旧道の残骸を右手に捉える ちんこ・べ あの時の僕等が花石の旧名を知ったならば、間違いなく“こ”と“べ”の間で区切って面白がっていたに違いない。大人になった今完全スルーを決め込みたいところだが、そうは問屋が卸さない。現にこうしてネタにしている自分がいる。 奇しくも僕がちんこ・べ集落界隈で |
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◆現道同様旧国道も二車線の快走路であった事が分かる 列島が震撼する衝撃のニュースが、まさにちんこ繋がりというタイムリーヒットに驚きを隠せない。昭和の阿部定事件も世間の耳目を集めたが、ある日突然弁護士が半強制的にオネェ化させられるという前代未聞の事件は、美利河峠踏査行と重なり僕の記憶に鮮明に焼き付くであろう。 あの日を境に人生が180度変わってしまったオネェ弁護士に配慮し、しばし珍古辺を封印し花石で統一しよう。国道230号線の旧道は、ピリカダムを過ぎてそれほど経たずして現れる。路面にはまだはっきりと追い越し禁止のセンターラインが残っていて、今すぐにでも使えそうな感じに映る。 |
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◆運用上不必要な残骸群は簡易ゲートで通行止 ただそれが叶わぬ夢である事は、側溝で行き止まる旧道の切れ端で思い知らされる。旧国道筋は大型車同士の相互通行を許す二車線の快走路ではあるけれど、現在の線形に比し右へ左へと大きく膨らみ蛇行していた事実を、旧道を串刺しにする直線道路が如実に示している。 現在の線形はどこもかしこも頗る見通しが良く、いつの間にか法法定速度を超過している場合が少なくない。快走路過ぎるのもどうかと思うが、冬季の実情を思うと流暢な事は言っていられない。この地域に鉄道が通じていない以上、地域住民にとって国道230号線は唯一の生命線なのだ。 |
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◆部分的に旧道は生活道路として今も利用されている 分断された旧道には続きがあり、部分的には見捨てられた区間もあるけれど、いまだ生活道路として供用されている箇所も少なくない。ダム直下の美利河橋には昭和58年11月竣工と銘板に刻まれている。 そこから察するにこの界隈の新旧道の切り替え時期は、昭和の晩年辺りと考えていいだろう。旧道の残骸はかれこれ30年が経過している事になるが、運用上不必要な箇所も草木に埋もれる事なく、現役に近いフレッシュな状態を保っている。 美利河峠3へ進む 美利河峠1へ戻る |