教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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志戸坂峠(17)

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志戸坂峠(しとさかとうげ)の取扱説明書

トンネル有るとこ旧道アリ、この格言に従って物見遊山していると、旧トンネルもしくは廃トンネルに遭遇し、芋蔓式に鞍跨ぎの古車道を見出しと一粒で二度美味しい優良物件に遭遇する事は珍しくはない。ここ志戸坂峠は現トンネルに旧廃隧道に尾根越え路の親子三代に亘る路の遍歴が垣間見え、老若男女が歴史道を容易に体現可能な峠道は近代土木遺産の優等生である。現場には必要にして十分な案内板等が備わり、自身の四肢と五感を駆使した実体験と、日替わりで時のアイドルと寝る妄想に裏打ちされた超絶想像力によって、誰もが一定の満足感を得られるに違いない。そこに史料が加わればもうお腹一杯で、次行ってみよう!となる。しかし何かが足りない。消化不良の嫌な余韻がいつまでも尾を引くのだ。この後味の悪さを解消するには土壌に一歩踏み込んだ掘り下げが不可避で、土地の人間に成り切る勢いで峠道を再考する必要がある。再三に亘る現地訪問及び全方位的に現場を精査し、公に出る事のない志戸坂峠の核心に迫る。

 

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◆杉木立を割る直線路の先に九十九折が確認出来る

エスケープルート=幹線の代替路

志戸坂新道の工期は1年9カ月と短い。しかし室戸台風による甚大な影響で実際の運用は半年以上延期の憂き目に遭う。起工式から実供用までには2年半を要し、昭和10年の半ばになってようやく開通に漕ぎ着けた。

但しその2年半の間峠道は全面通行止になっていた訳ではない。辛い上り下りから解放する隧道を含む新道建設に期待を抱きつつ、人々は相も変わらず鞍跨ぎの山道をえっちらこっちらと越えていた。人畜のみではない。勿論車両もだ。

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◆九十九折の始まりで山道は左右二手に分かれる

大師堂から先の路が大開削によって消失した為、通行者は隧道の坑口から100mほど手前にある迂回路での行き来を余儀なくされた。幅二間はあろうかという幅広道が大型車の往来を予感させるが、代替路が一回り狭い事実を踏まえた最大公約数的に山道は本質的に幅員2.5〜3mというのが妥当だ。

また当時の本線である坂根の集落内が2m幅と狭く、何人もそこを通過するのが前提である点を考慮すれば、山道が全線2m幅の狭隘路であったとしても何等驚けない。しかし今日現在の山道の一部は二間を有し、幅員3.6m前後の潤沢な路は自動車の往来を想像せずにはいられない。

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◆九十九折時代の古道と近年敷設された直線路が共存

昭和二桁になるまで稜線越えが既定路線であったとなれば尚更で、最晩期にエンジン駆動車が峠を越えた可能性は否定出来ない。しかし坂根の長老によると乗合自動車は新道の開通まで坂根止りであったと言うし、自動車が峠を越えているシーンを目の当たりにした事は一度も無いと念押しする。

峠道の現況は明らかに自動車の通行を意識した規格で、大型車一台が余裕で行き来出来る路と証言とのギャップには違和感を禁じ得ない。しかし二本目の立て札からそれほど経ない至近距離に於いて、志戸坂峠の自動車通行説を真っ向から否定しかねない不都合な場面が現れる。

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◆蛇行する古道筋を急勾配の直線で貫く新設作業路

見てくれ、この常軌を逸した急勾配の坂道を。等高線を無視して山肌を直線的に駆け上がる激坂は、暗峠に比肩する狂気染みた規格外の坂道で、並みの四駆では全く太刀打ち出来ない。事実この坂の中間地点で在りし日のロリエ氏は減速を強いられ、ロリエワン共々ズルズルと後退する悲劇に見舞われている。

身軽なオフロードバイクをまともに通さない坂道が、普通の道路であるはずがない。そう、ここは極めてイレギュラーな区間で、本来は九十九折で一気に高度を稼ぐジグザグ道なのだが、九十九折の真只中を串刺しにするように新たにぶち抜いた直線路が、只今絶賛本線扱い中となっている。

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◆畑に転用されているかつてのヘアピンカーブ

本来の道筋である本線の九十九折トップバッターは、害獣避けのネットを張られたミニ畑に転用されて久しい。その小スペースは意識しなければ元道路と分からないくらいに変貌している。前後の道跡が現存する事で、辛うじてそこが本来の山道であると認識出来る。

ミニ畑の前後に存在する道跡は幅員が2m前後と狭く、大型車云々という議論を挟む余地がない。当時の三輪車や小型乗用車でもどうだったかという狭隘路で、坂根集落内の狭路とは整合性が取れているが、これを見る限りエンジン駆動車による峠越えの可能性は極めて低くなったと言わざるを得ない。

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◆九十九折の古道筋に現存する古風な石垣の擁壁

現存する幅2m前後の小径には野面積みの石垣が認められ、そこが道路以外の何者でもない事実を訴えている。ズタズタに切り裂かれた山道は、法面崩壊や植林等による地形改変で、原型を保っているのは一部に過ぎない。従って一筆書きによる九十九折の線形を見抜くには、それなりの経験値を要する。

ただほんの僅かでも山道そのものに食指が動き、トレイルランの如し慌ただしく頂上へ往復するのでなければ、この場所だけがほぼ一定であるはずの周波数を掻き乱すデッドゾーンである事に気付くはず。それは唯一の激坂を上り詰める際の心拍数の上昇によって、多かれ少なかれ誰もが感じるものだ。

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◆九十九折の古道筋は概ね幅員が2m前後と狭い

見ての通りズタズタに分断された山道の一部は幅員が2m前後と豪い狭く、規定路線となっている二間の山道とは一線を画す。後年の植林で道幅が狭まったとも考えられるが、短いピッチで三回も折れ曲がるジグザグ区は総じて幅員が狭い。

このジグザグ区が峠道最大のボトルネックとなり、最後の最後まで自動車の通行を許さなかった可能性は大いに有り得る。兎にも角にもこの三連続狭隘ヘアピンの存在によって、大型車の往来はほぼ絶望的と言っても過言ではない。

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