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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>志戸坂峠 |
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志戸坂峠(12) ★★★★★ |
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志戸坂峠(しとさかとうげ)の取扱説明書 トンネル有るとこ旧道アリ、この格言に従って物見遊山していると、旧トンネルもしくは廃トンネルに遭遇し、芋蔓式に鞍跨ぎの古車道を見出しと一粒で二度美味しい優良物件に遭遇する事は珍しくはない。ここ志戸坂峠は現トンネルに旧廃隧道に尾根越え路の親子三代に亘る路の遍歴が垣間見え、老若男女が歴史道を容易に体現可能な峠道は近代土木遺産の優等生である。現場には必要にして十分な案内板等が備わり、自身の四肢と五感を駆使した実体験と、日替わりで時のアイドルと寝る妄想に裏打ちされた超絶想像力によって、誰もが一定の満足感を得られるに違いない。そこに史料が加わればもうお腹一杯で、次行ってみよう!となる。しかし何かが足りない。消化不良の嫌な余韻がいつまでも尾を引くのだ。この後味の悪さを解消するには土壌に一歩踏み込んだ掘り下げが不可避で、土地の人間に成り切る勢いで峠道を再考する必要がある。再三に亘る現地訪問及び全方位的に現場を精査し、公に出る事のない志戸坂峠の核心に迫る。 |
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◆坂根集落の最終人家前で90度右に折れ曲がる旧旧道 路面がアスファルトから土道へと切り替わる集落の外れに、二階建てと平屋とを合体させた一軒の家屋がある。それが事実上の坂根集落の最終人家で、現存する家屋としては峠に最も近い場所に位置する。剪定された庭の樹木や豊富な果実が認められる畑の様子から、この家が空き家でない事だけは確かだ。 事実数年前に僕はこの家の主と縁側でちょっとした会話を交わしている。また来てね!と言って手を振る老婆の年齢が年齢なだけに少々心配ではあったが、それは杞憂に終わった。姿こそ見せなかったが荒廃していない畑を見て安堵すると同時に、一変する現場の状況に唖然呆然となった。 |
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◆人家の玄関前すれすれを横切る旧旧道の幅員は狭い 土道であったはずの玄関前が何とアスファルトに覆われているではないか。しかもその道幅は軽自動車の通行を許す幅員へと膨張している。かつて目の当たりにした人一人の通り抜けがやっとの小径の姿はどこにもない。婆ちゃんがこれだよと指差した畦道は完全に消滅している。 一切の情報を持ち合わせていないその当時の僕は、てっきり婆ちゃん宅の正面を横切っていたという古道筋は民間に払い下げられ、畑に転用されたものとばかり思っていた。従って私有地と化した旧道筋を踏破するのに、地主の了解を得なければ警察沙汰になる可能性があるとビクビクしていた。 |
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◆田畑を二分する軽自動車一台がギリギリの狭隘路 幸いな事に物分りの良い婆ちゃんは行ってみなさい!と快諾してくれたが、現況を見る限り承諾を得る必要は無かった。何故なら旧旧道筋は民間に払い下げられた訳ではないからだ。拡幅された上にアスファルトで覆われた道筋は、そこが里道もしくは赤線のまま存続していた事実を物語る。 地主になってみて始めて分かる事なのだが、行政は民間の土地を勝手に弄る事は出来ない。地主が売却もしくは無償譲渡に応じない限り、行政は一切の手出しが出来ないのだ。では道路を敷設する為に土地を手放すかといったら、そう容易く地主は土地を手放さない。 |
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◆初動時は畑に同化した荒れた未舗装路も現在は舗装済 先祖代々引き継がれた土地であれば尚更で、地主は相当な抵抗を示すのが常だ。でなければ鉄道も高速道路も今以上に理想的なコース設定となっていたであろう。百歩譲って婆ちゃんが快諾したとしても、実用的ではない道路の整備に畑の一部を潰してまで土地を提供するであろうか? そう考えると隧道の開通によって行き交う人が絶え、荒れるに任せた旧旧道筋を、婆ちゃんが勝手に有効活用していたと捉えるのが自然だ。書類上は里道となっているが管理する者はなく、自然に還りつつある未舗装路の一部を、婆ちゃんは畑として有効利用していたとの解釈が妥当である。 |
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◆坂根集落の最終人家で反転し一気に高度を稼ぐ旧旧道 それがひょんな事から自宅前の忘れられた通路が歴史の道に選定され、ある日突然婆ちゃん宅に役人が押し掛け、道路を勝手に私的流用されては困る、近い将来この通路を整備するので工作物及び作物の一部を撤去願いたい、そう畳み掛けてきたのではないかと僕はみている。 悪気があっての私的流用ではないので、もう少し柔らかい物言いではあったかも知れないが、兎にも角にもこの通路は歴史的価値がある古道なので、道を開けて下さいなと主張する行政の言い分は正しく、既得権を主張するまでもなく婆ちゃんはすんなりと明け渡したのではあるまいか。 |
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◆志戸坂トンネル坑口頭上で舗装路は唐突に途切れる 少なくとも僕の中に残る婆ちゃん像は、どうぞどうぞと言って応対する姿しか浮かばない。また来てね、あれから5年の月日が流れ作物と作物の間を踏み分けて通過した狭い路地は、半永久的に草木が生えないであろうアスファルトの下に没し、現行車両の通行を許す完全なる車道へと生まれ変わった。 まさか車両の乗り入れが叶うとは思っていなかった僕は、恐る恐る古くて新しい路への進入を試みる。その道筋は畦道時代同様新トンネルの坑口脇へと繋がっていた。トンネルの点検用に旧旧道を改修したとの見方も出来るが、そうでない事は新設された路の続きが物語る。 |
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◆左手に雑草に埋もれかけた木製の階段を捉える 現トンネルの脇でアスファルトは唐突に途切れるが、そこには木製の階段が用意され訪問者を上段へと導く。一段上の草むらへ移動する以外に選択肢はない。線形的にそこがヘアピンカーブの跡である事を疑う余地はない。 何故なら路の続きは180度転換した明後日の方向にあるからだ。スイッチバック状で重なる二つの路の高低差は1m弱で、失われたヘアピンカーブが現トンネルの坑口付近にあった事はほぼ確実と言える。 志戸坂峠13へ進む 志戸坂峠11へ戻る |