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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>志戸坂峠 |
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志戸坂峠(3) ★★★★★ |
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志戸坂峠(しとさかとうげ)の取扱説明書 トンネル有るとこ旧道アリ、この格言に従って物見遊山していると、旧トンネルもしくは廃トンネルに遭遇し、芋蔓式に鞍跨ぎの古車道を見出しと一粒で二度美味しい優良物件に遭遇する事は珍しくはない。ここ志戸坂峠は現トンネルに旧廃隧道に尾根越え路の親子三代に亘る路の遍歴が垣間見え、老若男女が歴史道を容易に体現可能な峠道は近代土木遺産の優等生である。現場には必要にして十分な案内板等が備わり、自身の四肢と五感を駆使した実体験と、日替わりで時のアイドルと寝る妄想に裏打ちされた超絶想像力によって、誰もが一定の満足感を得られるに違いない。そこに史料が加わればもうお腹一杯で、次行ってみよう!となる。しかし何かが足りない。消化不良の嫌な余韻がいつまでも尾を引くのだ。この後味の悪さを解消するには土壌に一歩踏み込んだ掘り下げが不可避で、土地の人間に成り切る勢いで峠道を再考する必要がある。再三に亘る現地訪問及び全方位的に現場を精査し、公に出る事のない志戸坂峠の核心に迫る。 |
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◆大型車一台の通行がやっとの大原宿石畳の最狭区 橋本氏が仕掛けた先の大阪都構想戦では、改革派が僅差で敗れ都構想は粉砕した。この戦で露呈したのは、甘い汁を吸う受益者は既得権を手放さない、これに尽きる。その結果に流石の橋本氏も匙を投げ、改革を拒んだ大阪市民は破綻への道を突き進む事になる。 変化を恐れ現状維持に固執する気持ちは分からなくもない。徳川家による世襲統治が260年も続いた現実を踏まえれば、我々に中に変わらない事を良しとするDNAがあるとしても何等不思議でない。二進も三進も行かない局面での抵抗勢力による必死の反抗は、討幕の機運が高まる幕末の様相に似ている。 |
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◆他人の敷地を利用しなければ相互通行は成り立たない 従来のやり方では持ち堪えられない。しかし改革の先に何が待っているのかは誰にも予測出来ない。専門家ですら蓋を開けてみなけりゃ分からないというのが実情だ。なるようになるさ!と楽観的に捉えられればいいが、幕府の消滅によって世の中が良くなる保証はどこにもない。 座して死を待つか、それとも改革を断行するか、10年一昔と言われたのが3年一昔になっている加速度を加味すれば、徳川家の260年体制と自民の55年一党支配が重なって見え、国家という枠組みは不変であっても、政権には必ず終わりがあるのだと歴史は物語る。 |
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◆本陣を筆頭とする御屋敷街に入ると若干道幅は広がる ここ大原の旧道筋は古今東西に和洋折衷が織り成す何とも不思議な空間で、江戸時代の本陣跡に始まり、明治創業の酒蔵を筆頭とする各種老舗店、大正期に盛んだった洋風建築の郵便局や病院、三丁目の夕日にみる駄菓子屋に文房具店に理髪店が建ち並ぶどこか懐かしい風景が一堂に会している。 仮に幕末の日本が先進諸外国の異文化の流入を拒み、今この瞬間も鎖国政策を続けていたならば、路の両側には武家屋敷調の木造家屋が理路整然と建ち並び、石畳もしくは土道の狭い路地を行き来する旧態依然とした状態にあったかも知れない。勿論大原に高速道路や鉄道は通じてはいない。 |
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◆旅行気分を盛り上げる宿場内に乱立する案内板 我が国が発祥とされる人力車は、幕府が倒れようが倒れまいが自然発生的に出現し、規制緩和によって峠越えは成されていたであろうが、古来海運が発達した日本では依然として航路が主役を担っていたであろう事は容易に想像が付く。大動脈は海路で、補完する陸路の主役は馬車に牛車に人力車という世界だ。 列島全体の車道の十中八九がダートというのは、未舗装路をこよなく愛する者にとっては願ったり叶ったりの展開で、急ぎ過ぎている感のある現代社会に比すれば、のんびりした牧歌的な国家というのも悪くないように映る。但しその場合は欧米列強の属国になるのは免れない。 |
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◆大型車同士の相互通行がギリギリで叶う微妙な幅員 当時の世界情勢からして列強が操る傀儡政権の支配下に置かれるのは不可避で、日本はどこかの大国の植民地となっていた可能性が大である。我が国は招かれざる第三国によってあらゆるものが詐取される草刈場となっていたかも知れない。となると遅かれ早かれ150年前の開国は必至であったのだ。 それが賢明な選択であったのかは分からない。先の大戦で大敗北を扮した我が国は、ロシアが望む分割統治案による分裂の危機を乗り越え、今この瞬間も単一民族による独立国家としての体を保ってはいるが、アメリカの51番目の州への加盟を望む声も少なからず存在する。 |
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◆大正〜昭和初期産と思われるモダンな建築物 打出の小槌を失う事と有権者数から日系大統領誕生の可能性があり、日本を取り込んだ際の影響力の大きさから、アメリカ合衆国による日本併合即ちジャパン州は現実的に有り得ないが、戦後すっかりアメリカンナイズされた我が国は、ほぼ抵抗なくいつでもジャパン州になる準備だけは出来ている。 その結果の良し悪しは誰にも分からない。ただ今の日本が歴史の曲がり角に来ているのは確かで、平和裏に推移した戦後史は新たな局面を迎えようとしている。ここ大原宿は日本が大きく舵を切った頃から現代に至るまでの過程を、時の流行を反映した建築様式という形で矢継ぎ早に見せてくれる。 |
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◆繁華街を抜けると道幅は徐々に狭まり一車線と化す 江戸・明治・大正・昭和・平成と様々な様式の建築物が入り乱れ、宛ら異種格闘技の様相を呈す大原宿は、参勤交代時代を強く意識した街並みを形成しつつも、豊後高田にみる昭和の町的な直近の古臭さも滲み出る複合型テーマパークだ。 アスファルトを引っ剥がして石畳に張り替えられた路面が、一瞬は大名行列一行の隊列を想像させるが、交通史家的にはやはりこの糞狭い路地を人波を掻き分けて擦り抜けるバスやトラックの際どい通行シーンの方がそれを上回る。 志戸坂峠4へ進む 志戸坂峠2へ戻る |