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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>志戸坂峠 |
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志戸坂峠(2) ★★★★★ |
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志戸坂峠(しとさかとうげ)の取扱説明書 トンネル有るとこ旧道アリ、この格言に従って物見遊山していると、旧トンネルもしくは廃トンネルに遭遇し、芋蔓式に鞍跨ぎの古車道を見出しと一粒で二度美味しい優良物件に遭遇する事は珍しくはない。ここ志戸坂峠は現トンネルに旧廃隧道に尾根越え路の親子三代に亘る路の遍歴が垣間見え、老若男女が歴史道を容易に体現可能な峠道は近代土木遺産の優等生である。現場には必要にして十分な案内板等が備わり、自身の四肢と五感を駆使した実体験と、日替わりで時のアイドルと寝る妄想に裏打ちされた超絶想像力によって、誰もが一定の満足感を得られるに違いない。そこに史料が加わればもうお腹一杯で、次行ってみよう!となる。しかし何かが足りない。消化不良の嫌な余韻がいつまでも尾を引くのだ。この後味の悪さを解消するには土壌に一歩踏み込んだ掘り下げが不可避で、土地の人間に成り切る勢いで峠道を再考する必要がある。再三に亘る現地訪問及び全方位的に現場を精査し、公に出る事のない志戸坂峠の核心に迫る。 |
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◆大原宿南の街道筋を踏襲する国道373号線の直線路 峠道はここ大原から始まる。峠下にあたる西粟倉の坂根と智頭の駒帰を起終点に設定すると木を見て森を見ない事になり、また陰陽連絡線という性格上鳥取⇔赤穂とするには別の峠が絡んでくるのでややこしくなる。となると起点には最寄りの宿場が適当で、距離的にも智頭宿と大原宿が最適解となる。 高規格道路が志戸坂トンネルのみ、或いはその前後の工区で途切れていた中途半端な時代は、ここ大原にもそれなりの活気があった。かつての宿場を南北に貫通する国道筋は見通しの利く直線道路で、曜日と時間を見誤ると一般車両の往来が絶えず、なかなかシャッターチャンスには恵まれない。 |
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◆雪見橋の直後で国道は新旧の二手に分かれる ところが今回は現場入りして5分と経たずに車両が映り込まない直線路を捉える事に成功する。しかも観光客が大挙して訪れる土曜の昼間という最悪の環境下でだ。鳥取自動車道全通の恩恵に授かったと言ってしまえばそれまでだが、通過点となってしまった大原宿の存亡に一抹の不安を覚えないでもない。 通りすがりの戯言に過ぎず余計なお世話かも知れないが、閑散とする大原宿の未来はけして明るいものではない。消滅集落は勿論消滅自治体の存在が危ぶまれる昨今にあって、果たして我々が目にするこの瞬間の光景が何時まで保っていられるのか、国家存亡の岐路に直面している今、一抹の不安が過る。 |
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◆普通車同士の擦れ違いがやっとの大原宿の旧国道 アベノミクスの正体がアベノリスクである事に国民の多くは薄々気付いている。黒田バズーカなる最終兵器がパフォーマンス重視の偽薬に過ぎず、輪転機をグルグル廻すとどうなるかはジンバブエが教えてくれる。ジンバブっちゃって再びバブル崩壊の悪夢を見るのは非現実的とは言えない状況下にある。 増税に次ぐ増税と賃金が上がらないのに物価の上昇で実質所得が目減りするスタグフレーションの渦中で、我々の目が黒いうちに日本が三度ハイパーインフレを経験する可能性が排除出来なくなってきた。その時僕等を取り巻く現在の環境が、果たして無傷でいられるのであろうか? |
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◆昭和30〜40年代の面影が残る大原宿の旧道筋 時は昭和9年リッター10銭前後で推移していたガソリン価格は、年を追う毎にジリジリと上昇を続け、日米開戦に踏み切った昭和16年には、リッター30銭の大台を突破する。既に戦時統制による価格の制御によって高騰は抑えられていたが、終戦を迎えると同時に市場の制御が利かなくなる。 終戦の年の暮れにガソリン価格リッター1円の大台突破を皮切りに、翌年には7円に急騰、その翌年には14円と更なる高騰をみせ、昭和24年度にはリッター20円の大台を突破する。ジョセフドッヂによる財政緊縮措置所謂ドッヂラインが発動され収束するまでの間に、ガソリン価格は戦前の200倍に達していた。 |
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◆路面が石畳に変わると現場の雰囲気はガラリ一変する リッター150円のレギュラーガソリンが僅か十余年で30000円ってどんだけ〜!こうなるともう笑うしかない。昭和21年から同22年にかけて新円切り替えの為に、預金を下ろすのは一家族一ヶ月500円の制限があり、日で割ると1日の支払い許容額は平均で16円50銭となる。 一家が1日16円50銭で暮さねばならない非常時に、ガソリンをたった1リッター買うのに7円というカオスは、ガソリンの一滴は血の一滴と謳われた戦時以上の過酷さを象徴している。それでも空襲よりはマシと人々はプラス思考で乗り切り、耐え難きを耐え忍び難きを忍んだ。 |
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◆道路脇にひっそりと佇む元禄年間に設けられた道標 今我々が置かれている状況は戦前に酷似している。もう何年も前から戦争経験者である古老軍団が口々にしていた事が、ここにきていよいよ現実味を帯びてきた感がある。戦争の足音が近付いている。古老達は手詰まり感に満ちた現況を、あの時の空気に重なると口を揃える。 それは再び我が国が戦場となる事を意味しない。ただ積り積もった庶民の不平や不満は、何等かの形で我が身に降りかかってくる事を示唆する。先の大戦で日本が勝利する可能性は200%無い訳であるが、戦争を回避する術はあった。あの日あの時あの場所で命懸けで闘った英霊達は今、何を思うだろうか? |
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◆これより連発する案内板の先陣を切る道標の能書き 平日日中の大原宿は人通りも疎らで閑散としている。袋小路に迷い込んだかのような先の見えない状況は、日本の縮図と言っても過言ではない。英霊達は何も語ってはくれないが、我々は歴史から学ぶ事が出来る。道路史も例外ではない。 参勤交代の徒歩通行時代に人力車や馬車の鈍足時代、坂道発進にエンストに重ステに悩まされたマニュアル車時代に鉄道不遇時代、今の大原はどの時代にも勝る好環境にある。無いのは既得権を手放す勇気と将来への希望だ。 志戸坂峠3へ進む 志戸坂峠1へ戻る |