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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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トップ>旧道>岡山>鎧乢 |
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鎧乢(3) ★★★ |
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鎧乢(よろいたわ)の取扱説明書 津山と勝田を結ぶ現在の国道429号線の礎を築いた津山真加部街道。その道中には二つの峠が存在する。ひとつは言わずと知れた出雲乢であるが、もうひとつの難所が鎧乢である。何だか戦国時代の戦をイメージさせる名称で、古来峠が戦の舞台となってきた歴史的事実を踏まえれば、この峠にもきな臭い伝説・伝承があっても全く驚けない。だが実際の現場は意味深な名称とは裏腹に、宗谷丘陵にも似た起伏の緩い穏やかなアップダウンを駆け抜ける快走路となっている。通勤・通学・ドライブといかなる車両も足早に過ぎ去る峠を敢えてスローモーションで通過すれば、通常では見えないものが見えてくる。それが旧道や街道といった古道筋の断片だ。散在するパーツを丁寧に拾い集め、一介の街道が国道昇格を果たすまでの軌跡を紐解く。 |
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◆ この尋常でない広さの歩道を目の当たりにして、旧道を1ミリも疑らない感性には?が三つあっても足りない。どの地図会社も実走調査という地道な努力によって成り立っているはずだが、峠そのものに思いっきり旧道の残骸が残っているのに、誰もそれと向き合おうとはしない。 悲しいかな我らがバイブルツーリングマップルさえ例外ではない。この二車線幅を有する歩道は、誰がどう見ても明らかにイレギュラーな規格で、旧道云々関係無しでなんじゃらホイ?となるはずだが、見て見ぬフリをしているのか、どの地図会社も完全スルーを決め込んでいる。 |
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◆ 二車線の快走路と同規模の歩道など滅多にあるものではない。それが急激に膨張したかと思うと一瞬にして凋んでしまい、次の瞬間には膨らみが反対側に移動している点は見逃せない。そいつがS字状の旧道を新道が串刺しにした結果である事を瞬時に見抜けとまでは言わない。 しかしこの業界に身を置く者として完全スルーというのはいかがなものか。しかもその膨らみにはバス停が置かれているのだから、ちょっとくらい確認してみようというのが普通ジャマイカ?僕が異常に反応し過ぎていると言ってしまえばそれまでだが、バス停のチェックなどちょいと減速すれば済む話だ。 |
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◆ 頂上を境に前後が勾配のある坂になっていて、峠付近に旧道の残骸が認められる上に、バス停の時刻表には鎧乢なる停留所名まで掲げられているのだから、敢えて無視を決め込まない限り未掲載というのは有り得ない。業界内で口裏を合わせている、はたまた緘口令でも敷かれているのかと勘繰ってしまう。 それくらい鎧乢は真っ当なひとつの峠として成立している。今一度確認しておこう。鎧乢は国道429号線の峠である。国道昇格から20余年と日は浅いが、県道時代から頂上に鎧乢なる停留所が設置される至極真っ当な峠である。にも拘らず鎧乢を峠として扱っている地図は稀だ。 |
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◆ 般ピーが書店で手にする広域地図にはまず載っていないし、県別の地図でも未掲載のものがある。バス経路が刷り込まれる詳細な地図、もしくは運送業者必携の住宅地図には鎧乢の名が認められるが、恐らくそれは現地にバス停が存在するからで、そうでなければ怪しいものがある。 民間のバス会社が撤退した後に町が引き継いだからいいものの、勝間田駅と勝田を結ぶ路線及び津山と梶並を結ぶ路線が全廃されていたならば、ここ鎧乢は出雲乢と同等かそれ以上に忘れ去られていた可能性が大だ。何故なら鎧乢なる名称が周辺のどの施設や店舗にも冠されていないからだ。 |
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◆ 出雲乢旧旧道に隣接する介護施設はデイサービス出雲乢を名乗っており、路線バスが全廃になっても出雲乢の名は継承される。ところが鎧乢の場合峠にある畳屋は吉川畳店を名乗っているし、峠の小学校や保育園も勝央北と植月が冠されていて、鎧乢の名を継承するものは残念ながら皆無なんである。 私は他所から来たので詳しくは知りませんが、この辺りでは夜な夜な鎧を身に付けた武士の亡霊が現れるのだそうです。平家の落ち武者が逃れ住んだという言い伝えもあると聞いています。見た事はありませんがね。 |
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◆ 夜な夜な峠を徘徊する鎧を身に纏う落ち武者の霊 祟りじゃ〜落ち武者の祟りじゃ〜、キャー!もう少しで横溝正史ワールドに引き摺り込まれるところであったが、よくよく考えてみれば疎開先で培ったとされる横溝作品の原点はここ岡山にあり、鎧乢が含まれていない事が不思議に思えてならない。 おどろおどろしい名の鎧乢が八墓村や犬神家の一族に並ぶ逸品に加わっていたとしても何等おかしくはなく、曰く付きの土地と知ってしまった以上、氏の作品リストに鎧乢の名が含まれなかったのは残念でならない。 |
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◆ こうなったら鎧乢を全国区に押し上げるべく鎧を身に纏い夜な夜な峠付近をウイーンガシャ!ウイーンガシャ!を連呼しながら巡回し、探偵ナイトスクープにヨロコップ捜索の依頼が来るまでやり続けるしかない。 本来であればそんな手を使うまでもなく鎧乢の知名度はもっとあっていいはずである。何故なら峠の前後に現存する旧道の残骸が、かつての鎧乢はそれ相応の難所であったと訴えているからだ。 鎧乢4へ進む 鎧乢2へ戻る |