教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜

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出雲乢(3)

★★★

出雲乢(いずもたわ)の取扱説明書

出雲乢、その名称から想像するのは唯一つ、出雲街道の難所にして最大の障壁であるが、その名が市販の地図に刷られるのは稀で、我らがバイブルツーリングマップルでは有史来記載された例は一度も無い。何故なら肝心の峠そのものが存在しないからだ。現場に峠らしきものが認められないから、そこに出雲乢と記載すると意味不明で混乱する。従ってマップルの判断は頗る正しい。しかし現地では聞き取りに応じてくれた古老の全てが出雲乢と言い切った。そこが峠でも何でもないのにだ。始めは地名を疑った。出雲乢とは単なる地名ではないのかと。しかし名称に乢とある以上、出雲乢が峠由来である可能性を否定出来ない。峠無き有名無実の出雲乢、一筋縄とはいかないが、この難題に取り組む価値はありそうだ。当報告書は既知の峠を調べるのではなく、峠か否かを査定する踏査考察記である。

 

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◆十字路より先も旧道は登り勾配で東進する

昔は酒屋に魚屋に呉服屋に自転車屋と、生活に必要なものは皆揃っていましたし、劇場のような娯楽施設までありましたから、余程の事がない限り他所へ行く必要がなく、ここで不自由に思った事はありません。

確かに旧道筋には専門店と思わしき店舗が散見される。県道67号線との交点を中心に、一般の民家に紛れる形で複数の店舗が軒を連ねている。今ではそのほとんどが閉店して久しいが、かつてこのストリートが駅前商店街に比肩する賑やかな通りであったのは間違いない。

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◆過去の栄華を今に伝える旧道沿いに佇む呉服屋跡

事実沿道にはあらゆる分野の老舗店舗が建ち並び、小売店が幅を利かせた古き良き時代の面影を今に伝えている。バイパス沿いに目立った住居は皆無で、ほぼ全ての家屋がこの通りに集中している。そういう点では地元民がバス道と呼ぶこの道が、街道を上書きした江戸道との解釈が成り立つ。

街道にして旧国道、それがエア峠の謎を解くヒントになるが、残念ながら旧道筋は低山の頂上付近を通過していない。小高い丘の中間よりやや上を通り抜けてはいるが、まだそこは斜面の中腹に過ぎず、しかもピークを打ってはいないのだ。そう、旧道は十字の交点を過ぎてもまだ上昇を止めないのである。

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◆旧道は十字路を過ぎて150m前後でピークを打つ

これは十字路を過ぎて150m前後過ぎた辺りで振り返った所であるが、遥か遠くに見える横断歩道の辺りが県道67号線との交点で、旧道はそれ以降も高度を稼いで更なる高みを目指す。そうしてようやく迎える着地点らしき平坦路がこの付近で、左手には公民館らしき草臥れた建物が認められる。

どの集落もそうだが、公民館は比較的安全な場所に建てられる事が多い。そりゃそうだ、災害時に避難所として機能する公共施設が、自然の脅威に晒されるような環境にある方がおかしい。この界隈で言うと最も安全な場所は、全方位を見渡せる絶頂である事は言うまでもない。

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◆公民館らしき建物付近が事実上の旧道の絶頂

実際に公民館らしき建物は旧道が頂点を極めた地点にあり、進行方向右手の高台には小学校が構える安全地帯となっている。旧道はそこを境に高低差無しの横這いで東進する。結論から言うと小学校の一段下に位置する公民館付近が旧道のピークという事になる。

県道67号線との交点はあくまでも登り途中であり、このバス道に出雲乢を見出すとしたら公民館前とするのが妥当だ。しかしながら峠と呼ぶにはあまりにも御粗末で、旧道にみる出雲乢は我々の常識からは余りにも逸脱している。これでは地図に掲載されないのも頷ける。

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◆高低差無しでほぼ横這いに東進する国道429号線旧道

盆地の底辺をほぼ高低差ゼロで這い進む現道に比すれば、旧道筋は一定の基準を満たす峠道を形成している。しかしながら肝心の県道67号線との交点は登り坂の途中であり、仮に公民館前がサミットであったとしても、その後の経過が全くの平坦路である事を踏まえれば、片峠の域を出るものではない。

旧道は公民館から100mも走ると左に弧を描き、1.5車線の狭隘路はそのままに街道の雰囲気を一掃する。そこはどこにでもある見慣れた旧道のワンシーンで、江戸道とも明治道とも言えない一時代前の狭い砂利道を、オート三輪やボンバスが駆け抜けるシーンが容易に目に浮かぶ懐道だ。

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◆1.5車線の平坦路に峠らしさは一切感じられない

現在の路に移管したのは昭和46年であるというから、国道53号線の黒尾峠が刷新された時期に重なる。地方でもマイカーが普及し始め、バス離れが顕在化する斜陽の頃だ。その時代はどの路線も車両という車両で溢れ返り、いよいよ誤魔化しが利かなくなった時分である。

今でこそ閑静な住宅街よろしくひっそりと静まり返っているが、朝夕のラッシュ時は殺気立った雰囲気に包まれていたであろう事は容易に想像が付く。街道筋に上書きに上書きを重ねたこの道を、長期に亘り騙し騙し使っていたものが、いよいよ持ち堪えられなくなってバイパス案が浮上したのだろう。

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◆勝田側新旧道交点から見ると旧道は若干の下り勾配

旧道は現道に近付くにつれ若干道幅を広げつつ、路面は僅かながら下り勾配に転じている。その発端は目視では確認し辛いが、着地点となる勝田側新旧道交点付近から振り向くと、旧道が緩やかな下り坂になっているのが分かる。

やはり公民館が頂上なのだろうか?違う、国道429号線には並走するもうひとつの道が存在するのだ。その姿は公民館付近を捉えた画像に映り込んでおり、我々はその道筋でいよいよ真の出雲乢と対峙する事となる。

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