|
教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
|
|
トップ>里道>岡山>草の原峠 |
|
|
草の原峠(2) ★ |
|
|
草の原峠(くさのはらとうげ)の取扱説明書 美作の県北域に第五の中央分水嶺越えの車道が存在する。その現実を知って直ちに消化する事が出来るであろうか?正直僕はそのルートを頭ごなしに否定した。疑いではなく完全否定である。拒絶と言った方が正しいかも知れない。だってだってだよ、現場付近には何度も何度も何度も何度も足を運んでいて、中央分水嶺を跨ぐ車道の敷設がいかに難事業であるのかを曲りなりにも知っている身としては、第五の車道の存在などそう簡単に認める訳にはいかない。しかし志戸坂・黒尾・物見・右手に次ぐ第五の車道は確かに実在した。この僕をヘナリワンと共に県界越えを果たさせたのだから本物だ。何だか狐に摘ままれたような話だが、実際に峠を越えてしまったのだから覆し様がない。陰陽を隔てる障壁に風穴を開けた第五の矢はいかなる峠道なのか?知られざる峠の謎解きに挑んだ事の一部始終を御覧頂こう。 |
|
|
|
◆例え橋が落とされていても旧橋の存在を主張する側溝 旧橋が第五の峠道を本物と示唆 側溝は現道に対してではなく、旧道伝いに津谷川へ山水を導く。その仕様から一時代前まで旧橋が本線であったのは明らかで、平成6年の夏まで幅員2m前後の狭隘路が峠を越していた可能性が大だ。 後にも先にも明確な旧道の残骸はこの旧やまめ橋のみで、他は悉く本線そのものを上書きしている為、仮にこの旧橋が破壊され断片さえも粉砕していたならば、単なる新設林道として片付けていたかも知れない。 |
|
|
◆津谷川を跨ぐもう一本の橋には旧橋の姿が無い しかしそうでない以上この山道に対する期待値は高まる一方だ。やめま橋を跨いだ後も4m幅の路は奥へと続いており、山道は再び短橋梁によって川を跨ぐ。そこに旧橋は存在せず、切り替え時に落とされてしまったようだ。川岸の直前にある膨らみが旧道の残骸であるが、そこには肝心の土台が無い。 果たしてやまめ橋に同様の処理が施されていたら、旧道の可能性を疑ったかどうかは甚だ疑問だ。そもそも黒尾峠と右手峠の間を割る車道の存在自体が大いなる疑念を抱いての参戦であるから、それはないやろ〜とあっさりとスルーしていた可能性は十分に有り得る。 |
|
|
◆トムソーヤー冒険村のキャンプ場エリアを通過 しかし県道7号線との交点から僅かばかり進入した地点に現存する旧橋は、地図会社が新設林道の予定線をフライング気味に記載したとか、行き止りの道同士を繋がっていたらいいね!と期待値を込めて勝手に地図上で繋いでしまうツーリングマップルのような御約束という訳では無さそうだ。 トムソーヤー冒険村のキャンプ場が当路線の奥まった地点にあり、どうやらここまでは一般車両も頻繁に行き来するようだ。沿道には居心地の良さそうな芝生の更地が広がっていて、開設当初は工事車両も頻繁に行き来したであろうから、橋の付け替えと冒険村の開設は無関係では無さそうだ。 |
|
|
◆キャンプ場の先に待つ林道津谷線と刷られた案内板 途中にゲート等は無く幅広の舗装路が続いているので、興味本位で奥へと分け入る一般車両もいるだろう。となると通り抜けられる事を知っているドライバーはそこそこいるはずで、それならば第五の峠越えに関する情報が世の中にもっと出回っていても良さそうなものだが、残念ながら僕の耳には届いていない。 謎多き山道の正式名称が判明したのはキャンプ場を過ぎた直後で、案内板には林道津谷線と刷られている。津谷川沿いに遡行する路の名称としては正しいが、僕の中では再び黄色信号が燈った。津谷林道が鳥取県側に抜けている峰越線であるならば、対向の河川名なり集落名なりが付されて然るべきである。 |
|
|
◆キャンプ場を過ぎて唯一認められる建物は作業小屋 古地図では因美線の那岐駅付近が着地点となっているから、林道津谷那岐線とか着地点の地名である真鹿野を冠し林道津谷真鹿野線とすれば、利用者もどこかへ通じている事が分かり、例えカーナビに表示されずとも好奇心に身を任せ行ってみようと試みる者もいるはずだ。 しかし路線名以外に何のアナウンスもされていない林道津谷線は、稜線を跨がない行き止りの路としか思えず、余程の暇人か林道愛好家以外はトライしようなんて思わない。事実この路線の交通量は平日の日中という条件下では皆無に等しく、現場は薄気味悪いほど静寂に包まれている。 |
|
|
◆沿道には右手集落の子供達が創作した作品が並ぶ 対向から軽トラの一台でもやってくれば安心材料になるが、路線名からして県界を跨いでいるとは思えず、おまけに路面は舗装済ときているから、未舗装路を目的とする砂利道愛好家の食指も動かない。今の所全く以て使えない道という印象は拭えないが、案内板には路線名以外にも有用な情報が刷られていた。 林道の管理者が勝田町となっているのだ。勝田町は今は無き町名で、平成17年に美作市に吸収合併され消滅して久しい。林道津谷線は現在美作市の管轄下にあるはずだが、案内板では旧町名のままとなっている。それは現在我々が目にする山道の成立が平成17年以前である事を物語る。 |
|
|
◆本格的な山岳道路と化し中央分水嶺を目指す津谷林道 林道の所々には離合箇所と思わしき膨らみがあり、道中は余裕を持って対向車と擦れ違える。交通量が皆無に等しい現状からすれば十分過ぎる仕様で、パッと見は平成になってゼロベースで敷設した新設林道そのものだ。 んがしかしこうした膨らみが一時代前の本線の名残である事は、旧やまめ橋の遺構に加え古地図に記載される謎の線、並びに昭和時代の山道の様子を知る村人の証言により認めざるを得ず、第五の峠道の存在は確かなものとなるのだ。 草の原峠3へ進む 草の原峠1へ戻る |