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教育委員会が贈る歴史の道調査報告書、その傑作を補完して有り余る佳作、歴史の道踏査報告書〜古老の証言集〜 |
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右手峠(20) ★★★ |
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右手峠(うてとうげ)の取扱説明書 美作北部の県境に一際存在感の薄い峠がある。県道智頭勝田線と呼ばれる主要路で、曲りなりにも県界を跨ぎ一桁県道という肩書を持っている。しかし左右を志戸坂・黒尾越えの両雄に挟まれている為か、大方のドライバーの眼中には無いに等しい峠道で、実際に平日の通行量は主要県道とは思えぬほど閑散としている。断っておくが当物件は旧廃道に乏しい期待薄の峠道である。右手峠はその期待値に違わぬつまらなさで見事に応えてくれる訳だが、どうしても当路線を取り上げない訳にはいかない必要に迫られた。その理由は他でもない黒尾峠の存在感を際立たせる為だ。脇役あっての主役だとすれば右手峠は名脇役として外せない存在で、肉じゃがのじゃがいもに相当する必要不可欠な具材で、それ無くして肉じゃがは成立し得ない。新旧道の比較も大事だが並走路線との対比もまた重要で、両者の相乗効果は計り知れないものがあるし、峠道に対する見方が大きく様変わりするかも知れない。本件はセンセーショナルな旧廃区に頼らないレポートが成立するか否かの挑戦であり、またマイナー道路が主役に成り得るか否かの試金石でもある。黒尾峠のスピンオフとして右手峠を成立させるべく、県道の今昔を余す事なくここに封じ込める。 |
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◆使われなくなって久しい苔生した木製の短橋梁 ジャ〜ン! 遂に決定的な物証が目の前に現れた。当山道が一介の古道筋に止まらない究極の物的証拠の登場だ。パッと見は何が何だか要領を得なかったが、こいつは見れば見る程ジワジワと来る。朽ちた橋梁は百年の時を経て自身の履歴を語り始める。 橋全体を構成する丸太の一本一本が完全に苔生していて、半壊した木製の橋梁は何とも言えないいい味を醸し出している。旧廃道に欠かせない必須アイテムにして、この橋が辛うじて踏み止まっている価値は計り知れないものがある。 |
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◆車両通行を意識してか橋幅は2m前後と広い 右手峠最古のものと思われる木製の橋梁は、ビジュアル的に惚れ惚れとする優美さを備える。ある者はこの対象物に朽ち行く物の儚さに自身の老いを重ね共鳴するであろうし、また有る者はそこに土木的価値を見出すに違いない。また単なるオブジェとして捉える者もいるかも知れない。 僕は純粋にこの橋を道路遺構の一つとして捉えているが、いの一番に注目すべきはその橋幅であると考える。無傷で済んでいる丸太だけでも10本超に及び、現役時はMAXで15本程度にて構成されていたのではないかと推察される。単純に一本の丸太の直径が10cmでも橋幅は1.5mである。 |
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◆橋長は3m前後で脱落した丸太が川底に転がっている 実際の丸太の大きさはまちまちであるが、直径が15cm前後のものが主流を占めており、両端が欠けていないという前提でも橋幅は約2mに及び、仮に一本でも朽ち落ちているのであれば2m超えの大台も見えてくる。道中にこの橋梁が有るのと無いのとでは豪い違いだ。 何故ならこの木橋は当山道が車道規格にあったという重要な証拠であるからだ。山道は幅員1.5m前後の人道にしては広く、車道にしては狭い微妙な幅員にある。そんな曖昧な規格の路に対し、木橋は車道か否かの決着をあっさりと付けている。人畜のみが有効の路に幅2mの橋は釣り合わない。 |
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◆土台を含む橋の基礎は石で組み上げられている 純粋な江戸道であれば直径10cm程度の丸太を10本も組めば事足りるし、人畜が背負える許容範囲の荷重に耐えられれば御の字だ。牛馬が相互通行するほど活気ある街道筋であったというのなら話は別だが、そうでなければ橋幅を悪戯に拡げる必要などない。 しかし現に橋幅は2m前後に及んでおり、江戸期の峠道にしてはやや出来過ぎの感がある。それに加えこの橋が単なる木造橋ではなく、複数の層で構成される複合橋である事が、側面に露出する石積みの様子からも分かる。一見すると単なる木造橋であるが、この橋の基礎は石で組み上げられている。 |
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◆石と丸太と土で構成される複合橋を跨ぐヘナリワン この短橋梁は土台、橋台共に石が用いられている事から石橋という見方が出来なくもない。路盤にあたる基礎部分は石橋で、その上に土砂を被せる形で路盤を安定させ、更に丸太を敷き詰め薄めの土砂を被せている。見様によっては木橋でもあるし、石橋でもあるし、また土橋という解釈も成り立つ。 但し石橋と呼ぶにはやや大袈裟で、橋長が3m程度では暗渠の域を出るものではない。ただこの短橋梁が単なる木橋でない事だけは確かだ。僕は重なり合う層が同じ時代の産物とは考えていない。仮説の域を出るものではないが、恐らく最下層の石積みが江戸時代に供用された純粋な石橋ではなかろうか。 |
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◆幅広道&ヘアピンカーブ&橋梁が本線を車道と主張 上積みされた土と木の層は後年の整備による副次的産物で、その主たる目的は車両通行に備えてのものではないか。そう考えると段差無しで対岸を結ぶスムーズに結ぶ現況にも納得がいく。それも現在の四輪を通してしまう規格にあり、当山道が車両の通行を意識した設計である事は最早疑う余地がない。 木造橋は辛うじてヘナリワンの渡橋を許したが、朽ち方は半端なく残念ながら四輪の通行には耐えられない。しかし物理的に車両の往来を許す規格にあったのは間違いなく、現状で単車を通した耐性からある程度の重量物を通せる余力があるのは確かで、当山道が限りなく車道に近い存在である事を示唆する。 |
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◆緩やかな勾配そのままに本線は第二橋梁に差し掛かる 唐突に現れた幅員2m前後の短橋梁は、前後の路がそれなりの道幅を持つ幅広道である事の御墨付きを与え、強いてはそれが車両の往来が幻想でも何でもなく、非現実的な絵空事ではない事実を強烈に主張する事となった。 事実進行方向の空間は徒歩道サイズに狭まるどころか、現実的な車道規格へと昇華する。この道は梶並街道にあって梶並街道に非ず。そう確信せざるを得ない場面から幾らも走らずして出現し、当山道はいよいよ大きな転換点を迎える。 右手峠21へ進む 右手峠19へ戻る |